他のみんなはチャチャっとできてしまうところを、僕は最後までできなくて。
しかもイライラしてくるからか、紐はだんだんからまってくるんです。
そんな記憶がふっとよみがえりました。
夢に何の前触れもなく昔の友人が登場することがあるように。
とつぜん小さい頃の記憶がよみがえることがあります。
そういえば、折り紙でやっこさんを作るのも苦手でした。
最初に四角に折るんだったか、それとも三角に折るんだったか。
それがわからない。。。
完成図を思い浮かべればわかりそうなものなのに。
そして、何度かひっくり返しながら降り続け、最後に内側を開いて折る手と足の部分ができませんでした。
今思えば、どうしてあんなことができなかったんでしょう。
それでも、先生たちはそんな僕を手伝ってくれませんでした。
できるまで待っているだけ。
というか放ったらかしというか…。
リボン結びも、やっこさんも。
仕方がないから、最後まで頑張るしかありませんでした。
だからできたときは嬉しかったんです。
たったそれくらいのことなのですが、できたできたって自信満々に先生に報告するのでした。
先生たちも「そうそう、できた」と言ってくれるものだから、
エッヘン!って感じになります。
そういえば。
小学校のときも家で宿題を手伝ってもらえたことがありません。
一緒にやってくれるということもなく。
それはいつも僕が自分でしなければならないものでした。
というか、できなかったらできないまま、間違ったら間違ったままで、学校に持っていくしかないわけです。
で、できないから叱られたこともあったかもしれないし、
そこで先生に教えてもらうこともあったかもしれません。
また、時間がなくて間に合わなかった宿題も。
間に合わずそのまま学校へ持っていき、そこで怒られます。
間に合わないからといって手伝ってもらえることは決してなかったです。
でも、それで良かったんだと思います。
もしあそこで。
リボン結びの時も、やっこさんの時も、宿題も。
「あんた、そんなこともできないのか」
しゃーないなぁ、ちょっと貸してみ〜、やったろっ!
ほら、できたやろ!
って言われてしまってたら。
その場は良かったかもしれないけど、のちのち僕はやる気を削がれていたのでは?
今になってそう思うんです。
「お前はこんな簡単なこともできない能力のない人間だ」
というメッセージを僕は受け取っていたかもしれません。
だからあのとき僕は
できなくても
わからなくても
情けなくても。
最後まで自分の力でいられて良かったんだと考えています。
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◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹




