2010年06月27日

石のスープ

 石のスープというお話は、ヨーロッパに古くから伝わる民話だそうです。
 物語の一部を僕なりに変更させていただいていますが、だいたいこういうお話です。
 お読みいただけると嬉しいです。

 隊の一員として一生懸命はたらいてきた兵士がいました。
 3年経ったある日、彼は隊を抜け出し、旅に出ます。
 体はすっかり疲れきって、お腹もぺこぺこでした。

 そして彼は小さな村にたどり着きます。
 彼は家を一軒一軒まわり、食べ物を分けてもらえるよう頼みました。
 しかしどこのだれかもわからない人間の話など、誰も聞こうとはしません。

「仕方がない」
 そう思った兵士は村人になんとか鍋だけを借りました。
 そしてそこに石と水を入れ、火をおこし、グツグツと煮立てました。

 石だけでスープを作っているという噂が少しずつ村に広まり、村人たちは「なんだなんだ」とポツポツ集まってきます。

 もちろん兵士の姿を見て、すぐに去っていく者もありました。
 けれど、
「一体何ができるんだろう」と、じっと兵士の様子を見続ける者もいます。

 やがて兵士が言いました。
「このままでも良いんだけど、塩とコショウがあればもっとおいしくなるだろうなぁ」

 村人たちは不思議がって、家から塩とコショウを持ってきました。

 鍋に塩とコショウを入れると、パッーと良い香りが広がります。

 また少し煮立てた後、兵士はつぶやきました。
「ニンジンがあれば、もっとおいしくなるだろうなぁ」
「ジャガイモがあれば・・・」
 何が始まるのか、この頃になると村人はワクワクしています。
 すぐに家からニンジンやジャガイモを持ってきました。

 鍋の中はだんだんと明るくなります。
 兵士も村人たちも目を輝かせてその様子を見つめています。

「食べてみるかい?」
 兵士はそう言って、村人たち一人一人にそれを分け合いました。

 それを食べた村人たちは大喜びです。

「こんなにもおいしいものが石からできるなんて信じられない!」


 その夜、村は笑い声の絶えない楽しい楽しい夜になりました。


 今の塾を立ち上げるまで、僕は別の塾へ勤めていました。
 そこで修行できたことはたくさんあったと思います。

 でも独立した当初は、
 どう指導すれば、どう時間割を組めば、子供たちの成績が上がるだろう。いろいろ考えました。
 どう言えばわかってもらえるだろう。どう説明すれば理解してもらえるだろう。。。


 でも、今ではこう考えています。

 結局、人を動かそうとか他人を変えようとか、そういうことって、いつまでやっていてもあまり効果は得られないし、楽しくありません。

 人を動かそうとする側も楽しくないし、
 動かされる相手にとっても面倒なことです。

 他人を変えようとする側も楽しくないし、
 変えられる相手にとってもイヤイヤです。


 僕たちはただ自分ができることを、
 時にはゆっくりと、
 時には猛スピードで、
 ただ、やり続けることだけです。


 学習塾で生徒たちに授業をしたり、
 親御さんたちとお話をしている僕にとってできることは、

 ただ、勉強の環境作りをするだけです
 場所と時間と(ちょっとした)勉強の工夫。
 僕に出来るのは、鍋に石と水を入れてグツグツ煮立てることくらいです。


 そして、

 高校に行きたいとか、
 クラスでもっと上位の成績になれるようにしたいとか。

 幼稚園の先生を目指すとか、
 看護師さんになりたいとか。

 子供たちみんながいろんな目標を持ちながら、
 そのためにもっと成績を上げる努力をします。
 努力の結果、成績をどれだけ上げることができるのか、
 それは子供たち一人一人の力次第です。

 塩コショウやニンジン、じゃがいもを入れたりすると、石のスープは前よりも香り豊かになり、前よりも色鮮やかになり、それはまるで子供たちの将来の姿のようです。

 それを作っているのはもちろん僕なんかじゃなく、親御さんや学校さんの力でもなく、子供たち自身の力なのではないでしょうか。


 ただ僕に出来ることは、
 これからもスープを煮立てながら、
「こうすればもっと子供たちにとって良いかもしれない」って考え続けること。
 それだけなんです。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年06月25日

ダラダラ・・・

 もうすぐ6月も終わりですね。
 1年の後半戦です。

 そんな中、中学生は今、
 試験直前。
 期末テストです。


 数学では今回、計算問題が多いです。

 おうちでの勉強、どうでしょうか。
 計算問題に限ったことではありませんが、スピードは大切です。
 もちろん正確さは大切で、サッサとやって間違うのはよくないかもしれません。

 でもそのことと、時間をダラダラかけすぎることとは違います。

 ダラダラやって良い勉強ってないと思います。


 スピードも意識して勉強するのはどうすればいいんでしょうね。
 ちょっと考えてみましょう。



 ところで、
 高校時代、某しゃぶしゃぶ食べ放題の店でアルバイトをしていたことがあります。
 厨房で働いていました。
 しゃぶしゃぶ食べ放題の店ですから、当然、肉を切る仕事があります。

 あれって機械で切るんです。

 でっかい肉の塊(カタマリだよ、タマシイじゃないよ)をどっこいしょと機械に乗せて。

 スイッチオンすると、
 一定の速度で(それもメチャ速い)
 ガシャンガシャンガシャンガシャン・・・・・・と、
 薄くスライスされた肉が下から落ちてくるんです。

 ガシャンガシャンガシャンガシャン・・・・・・
 ガシャンガシャンガシャンガシャン・・・・・・
 ガシャンガシャンガシャンガシャン・・・・・・

 止まってくれません。
 さっきのでっかい肉の塊(カタマリです)がなくなるまで、
 薄くスライスされた肉が果てしなく落ちてきます。

 その薄くスライスされた肉を
 地に落ちてしまわないように、
 素早く両手で受け止めて、
 そのまま手の上でクルッと折りたたんで、
 その折りたたんだ肉をとなりに置いている皿の上に盛りつけていき、
 そしてもちろん休む間もなく
 次に落ちてくるスライスされた薄い肉をまた受け止めて、
 クルッと折りたたみ、
 皿の上に盛りつけて、
 そしてもちろん休む間もなく
 ・・・・・・、

 これを果てしなく続けるのです。
 先ほどのでっかい肉の魂(?)がなくなるまで。


 後ろの方から時々呼ばれたりするわけです。
 誰かに呼ばれて振り向いて、もう一度機械の方に向き変えると、

 ドッサドッサと薄くスライスされた肉が散らばっているわけです。

 ちょっと気を許してよそ見をするだけで、もう肉は大変なことになっているんです。


 って、
 それくらいのスピード勝負をイメージしながら、計算問題を解いてみるというのはいかがでしょうか。

 あるいは、
 例えば10秒以内で1問解いて右側のボタン(イメージで)を押さなければ、後ろからツヤッツヤの巨大GKBが襲いかかってくるというイメージなんていかがでしょうか。

 それはイヤですね・・・(笑)

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年06月24日

言葉の勉強

 材料が少なければ少ないなりの料理を考えるかもしれません。

 冷蔵庫をのぞいて、

「あるもので適当に作るね」

 って言える人はステキだなと思います。


 だけど、そういう人でも、
 材料がたくさんあれば、あるでいろんなものを作ることが出来ます。
 少ない材料の時よりは料理の数や味付けも豊富で、食卓を色鮮やかに彩ることができるかもしれません。
 そして食べるものがたくさんあって、おいしければ、家族もみんな幸せです。


 言葉を知るということはそれに近いかもしれません。
 私たちは良いことも悪いことも、楽しいことも辛いこともいろんな出来事を言葉を使って経験します。

 暑い日に「暑い」という言葉を知らなくても、身に何らかの感覚が伴うでしょう。
 でも、言葉を知らなければそれを表現することはできないし、誰かと分かち合うことも出来ません。
 確かに言葉を知らなくても何らかの感覚によって、何らかの対応をするかもしれません。涼しい場所へ移動したり。
 それが生きていくための本能なのでしょう。

 けれど豊かに、例えば楽しく、例えば幸せに生きていくためには、やはり言葉が必要です。


 言葉を勉強するということは、豊かに生きるためだと思います。
 本を読むとか漢字の勉強をするとか。
 そういうのって、豊かに生きていけていくためなんです。


「今どんな気持ち?」

 と聞かれても、
 確かに言葉に表せない気持ちってあるかしれません。

 でも、それをいくつかの言葉で言い合ったり、お互いに分かち合ったりするのもやっぱり言葉の力。

 “自分の体が感じている、「この気持ち」。
  それだけで良い。そこに表現なんて必要ない”

 そんなこと考える人、いないと思います。
 誰だって分かち合いたいし、誰かから自分の気持ちを言い当ててもらいたい。


 本を読むと他人の世界観を知ることができます。
 自分以外の人が「言葉」と「経験」とを結びつけているのが本です。
 本を読まなかったら、自分の経験のみで生きていくことになります。
 でもそれは孤独です。

 それに僕自身のことでいえば、自分のこれまでの経験なんてとても小さなものだと思っています。
 だから僕は本を読むんです。他人の経験を吸収しようとしているんです。言葉と一緒に。

 言葉の勉強って、
 そういうことだと僕は思います。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年06月11日

樟蔭中学高等学校の説明会に行ってきました

 今年も夏休みが始まるまでのしばらくの間、

 いろいろな学校の見学や説明会に行く時期になりました。

 毎年毎年行かなくても、学校の内容なんてそんなに変わったこととかないでしょう?

 ・・・いえいえ、大いにあります。

 今はどこの学校も、特色を出すのにすごい勢いです。
 毎年、新しいコースができたり、新しい特待生制度が出来たりで盛りだくさんです。


 今日は、当塾の生徒さんたちのおうちからはとても通いやすい場所、東大阪の樟蔭中学高等学校へ行ってきました。
 自転車で行く子もいますし、電車だと近鉄奈良線の小阪駅からすぐ近くにある、女子校です。

 僕は今日は電車で行きました。


 中学校ではバトントワリング・ダンス・新体操・ソフトボールの4つのスポーツを柱にした「身体表現コース」、高校では「児童教育コース」、「健康栄養コース」が新年度から始まる期待のコースになりそうです。
 これまでのコースももちろんそのままあります。

 身体表現コースのお話の中で、スポーツだけでなく、コミュニケーション力、個性をアピールする力を子供たちに身につけてもらいたいとおっしゃっていたことが印象的でした。

 今日は授業見学がなかったのですが、毎年樟蔭さんでは授業見学をさせていただきます。
 真面目で丁寧な女子たちが、先生との距離が近い中で授業を受けている教室風景を今日また思い出しました。

 保護者様対象の学校説明会やオープンスクールもあるようですので、ご関心お持ちの方はぜひ。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
posted by しま | Comment(0) | TrackBack(0) | 塾の風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月06日

失敗を恐れるな

 お久しぶりです。
 中間テストが終わるとすぐに期末テストですね。
 クラブや勉強を一生懸命がんばっている皆さんにとって、今日はどんな1日でしょうか。

 今日は僕が読ませてもらっているメルマガの1つより。
 心に響いたメッセージをご紹介します。

 中井俊已さんのメルマガ
心の糧・きっとよくなる!いい言葉」の、
 2010年5月31号。

 アメリカのある企業からのメッセージだそうです。


○ ○ ○ ○ ○ ○

 失敗を恐れるな


 君はこれまでに
 何度も失敗した。

 きっと覚えていないだろうが。


 はじめて歩こうとしたあの時
 君は転んでしまった。

 はじめて泳ごうとしたあの時
 君はおぼれそうになった、
 そうじゃなかったかい?

 はじめて
 バットを振ったとき
 バットはボールに当ったかい?

 強打者たち、
 ホームランを一番よく打つヒッターは、
 よく三振もするものだ。


 R.H.メッシーは
 7回も失敗したあとで
 ようやくニューヨークの店を成功させた。

 英国の小説家ジョン・クリーゼーは、
 564冊の本を出版する前に
 753通の断り状を受け取った。

 ベーブ・ルースは、
 1330回三振した、
 だが714本のホームランもかっとばしている。


 失敗を
 恐れちゃいけない。

 トライもしないで逃すチャンスこそ
 恐れた方がいい。


○ ○ ○ ○ ○ ○

 やる前から出来ないって言ってトライしないこと、
 出来ないことを無意識に計画してしまっていること。
 あると思います。

 出来るか出来ないか、は
 どっちでも良いんじゃないでしょうか。

 やるかやらないか、
 ただそれだけなんですよね。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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