2010年07月27日

遊びの効能

 こんにちは。

 先日の日曜日、友人が所属するバンドのライブイベントに行ってきました。
 大阪ミナミのクラブハウスでやっていて、いくつかのバンドマンたちが自分たちの音楽を力一杯私たちに披露してくれました。
 ステージに立っている側の人たち→ミュージシャンたちは、自分たちの曲1曲1曲・・・どころか、音の1つ1つにものすごく必死です。命をかけています。

 なのに素人の僕といったら、そんなこだわりがほとんどなく、音楽を余暇の1つと位置づけて、その時間はもう何も考えず、ただただ楽しんでいるだけです。
 そのかわり、心も身体もスッキリと癒されたように感じます。


 ところで、今は夏期講習中ですが、私自身が熱心に勉強した時期といえば、今思い出すのが予備校に通っていた浪人時代でしょうか。

 異常なくらいに(?)、参考書や問題集にかじりついていた時期がありました。

 今でもよく脳裏に浮かぶ、当時お世話になった古文の先生がいます。
 その先生が一度か二度、僕たちにおっしゃったことを思い出しました。

「体が疲れたときは、ちょっと休んで寝れば良い」
 そして、
「脳とか心とかそういう部分が疲れたときは、どうすれば良いかわかる?」

 そんな問いかけでした。
 僕を含め、周りみんなが受験勉強で精神的に疲れきっていた頃です。

 そして先生からの答えはこんな感じでした。

「もう、勉強らしいことを一切やめて、とりあえず遊んで! 遊んで遊んで嫌になるくらい毎日遊び通してごごらん」

 ビリヤード? OK!
 ボウリングもちろん良いよ。
 彼氏彼女とデートするのも、
 家で一人でダラダラするのもスバラシイ。

「受験生という自覚を持っている君たちが、何にも勉強せずに毎日毎日遊びまくったらどうなるか、わかる?」

 先生、重ねてそう問いかけるんです。

「あのね、不安になるのよ、普通」

 つまり。

 遊ぶことによって、脳にはポッカリと穴ができます。
 遊びに夢中になればなるだけ、脳のいろんなところにポッカリポッカリどんどん穴は増えていくんです。

 それが不安の原因。
 でも大丈夫。
 脳には、穴ができたらそれを埋めようとする働きがあるんです。
 しかも出来るかぎり急速に。

 だから、次にさあ勉強しようというときに能率が上がるそうです。

 要するにこれは、
 よく言われる休みや遊びの効用ですね。
 そういうことにも注意が向かないくらい必死に受験勉強に励んでいた頃があったことを今思い出しました。

 脳は空白部分を嫌います。
 だからこそ意識的に、空白部分を作ってやるのも良いですね。

 必死に詰め込もう詰め込もうなんて考えず、
 たまにはちゃんと休んでくださいね。

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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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2010年07月26日

徹底的にパクる

 ピアノが弾ける人なら、どうお考えでしょう。
 
 アンジェラ・アキってピアノを弾きながら立ち上がったり、体全体をものすごく動かしたりしますね。もう体中に音楽がいっぱいで、伝えたいメッセージを伝えられる限り表現しようとすると、あれくらい動き回るものなのでしょうか。
 けれど、ピアノを上手に弾くための基本姿勢としては、あんなふうに動き回るのは良くないのかもしれません。
 それでも、アンジェラ・アキならOKなんです。
 なぜかというと、基本をしっかり学んできたから。



 数学を指導していると、
 例えば方程式の計算の仕方がかなり「個性的な」人がいます。
 文字式の表記も「自分流」です。

 そしてそれを、こちらの指摘に対してすぐに直せない生徒さんも中にはいます。
 それ自体は構わないんです。
 頑固さとか我を持つ大切さは僕も理解できます。
 大切なことです。

 ただし一方で、数学に限らず、
「学ぶ」という言葉が「真似をする=真似ぶ」から来ているように、最初は基本スタイルの真似をすることもとても大切なことです。

 
 自転車に乗るときもそう。
 いきなり自分の乗り方をしては非常に危険です。
 だからまずは誰かの真似をして学んできたのではなかったでしょうか。


 中学の時。
 ある先生は僕たちによくこう言ってました。

「なんでも最初は、模倣(もほう)からやで」

 模倣というのも誰かの真似をすることです。
 その先生は、本当の意味でゼロから作り出すものなんて何ひとつないとおっしゃっていました。
 世界中のすべては模倣なんだと。


 以前に僕がお世話になった先生は僕にこうおっしゃっていまいた。

「中途半端に真似をするんじゃなくて、TTPが重要」なんだと。

 TTPって、わかりますよね、
「てってい的にパクる」=TTPです。


 発達心理学的にいっても、小学生高学年ぐらいが最も周りの真似をする時期なんですね。
 モデリング期といって、周りの大人やテレビに出ている人などの真似をします。
 本当はこの時期にちゃんとした「ヒーロー」と出会い、十分に彼や彼女の真似をしたいものです。
 もしかしたらこの時期は、人として大切な「個性」はお休みしててもいいのかもしれません。
 徹底的にパクる時期です。

 そうすれば、中学生以降、
 社会化期といって自分らしさを求めて個性を発揮したり、
 周りとの距離を考えたりする時が来たときに、
 すでに身に付いた基礎を土台にして、
 自由に動き回れるのかもしれません。

 個性とか自由とか、
 自分流というのは、しっかりとした基礎があってのことです。
 それがなくて、自分がやりたいようにやるっていうのは・・・。
 どうなのかな。

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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年07月24日

納豆にカラシではなくてワサビを入れてもおいしいことが判明しました

 言いたいことの全てがタイトルに収まったような気がしてしまう塾長です。
 みなさん、こんにちは。
 毎日暑いですね。
 けれど、暑いときにこそ温かいうどんを食べるのが実はおいしいということ、知っていましたか?


 さて、
 僕の夕食は、とても遅いです。
 最後の授業が10時に終わり、その後いろいろウニャウニャやって帰宅し、夜ご飯を食べるのはもう深夜です。

 昨夜のことです。
 おかずに加えて、納豆を食べるときにふと、
 ワサビってどうよ?
 と思いました。

 納豆には普通、あの小さいカラシがついています。
 あれって手で切るときにいつもプチュっとなって、黄色いのがちょっと指につくのね。
 ちなみに八尾市の人は、あれを含め納豆の容器は『プラ』(←プラスチックゴミ)として処分します。

 それは今の話と関係ないのですが(笑)、そう、納豆にはカラシが付いています。
 でも、これをあえて使用せず、チューブのワサビを使ってみてはどうだろうか。

 と思いついたわけです。


 何でも経験してみたいというのが僕の悪い癖。

 やってみました。


 そうすると、
 意外や意外。


 おいしいんです!!!!!


 ぜひ、
 やってみてください。


(妻は「ビミョ〜」って言ってました。「別にそのままカラシで良くない?」と)

 でも、僕はオススメです。


 納豆には普通カラシが付いているので、「普通、納豆にはカラシである」と、みなさん、思いこんでいるんですね。
 けれど、それって単なる思い込みなのかもしれません。
 その思い込みを吹き飛ばして、新しい発想でやってみることで、意外な発見があるのではないでしょうか。

 思い込みの中には、そう思い込んでいることに自分で気がついていないものもあります。
 納豆には「カラシ」。これこそまさにそう(笑)
 
 その固定観念を取っ払ってしまうことで(サヨウナラ〜手(パー))、案外イケたりするんだな。


「数学はワカラン」
「こんなにいっぱい覚えられるわけないやん」
「○○ちゃんは☆☆高校。え?アタシ いやいや無理やろ」

 それ・・・、
 思い込みかもよ?
 その固定観念を取っ払ってしまうことで(サヨウナラ〜手(パー))、案外イケたりするんだな。

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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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2010年07月22日

80点分も勉強になった

 授業中にテストをすることがあります。

 でも、それは本当はテストではありません。
 塾内で、授業中にする問題なんてテストじゃないんです。
 何かの評価の基準になるものでもないし、それで高校合格とか不合格とかが決定されるものでもありません。


 たま〜に。
 いますね。。。。
 100点満点中、20点……。

 ああ、、
 やってしまった。
 …20点。。。


 でもね、
 さっきも書いたように、塾内のテストは本当はテストじゃないです。

 それを使って、今日一日がんばって勉強すれば良い。
 先生の説明をいっぱい聞けば良い。
 それでもわからなかったら質問すれば良い。

 そうすれば、
 20点にこだわることもなくなります。
 逆に、あなたは今日、
 80点分も勉強したってことになる。
 それは素晴らしいことじゃないですか。

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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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2010年07月21日

熱いぜ、ボゥ!

 3年後のことは3年後に考えれば、何とかなるし。
 別に死ぬわけでもないし。
 疲れているときにさらに疲れることを言われても聞こえない、眠いときにもっと眠いこと言われてもわからない。
 何もそんなに熱くならなくても。。。。。。




 ・・・・・・と、受験生はじめ子供たちに向けて授業で檄を飛ばした後に、ふとそんなササヤキ? ツブヤキ? が脳裏に浮かびます。
 だいたいそれは1日の最後に、その日1日のことを振り返ったときに思う何かの声です。


 だけどいつも同じように、次のような言葉も聞こえてくるんです。


 これで完璧っていう進路を提供しようとしているわけじゃない。
 自分が納得して選択した進路でこれから先を生きていってほしいというメッセージを伝えているんだ、と。



 もちろん、今日やった勉強は大切な知識であり、知恵であり、教養であり、「ここ試験に出るよー」的な内容です。
 点数や偏差値を日々上げていってほしいわけですし、良い学校に合格してほしいです。

 でも、偏差値とか実績とか就職する企業とか。
 そういうものは大切なものですが、どこかの誰かが決めた価値観にすぎません。ある時、時代が変わっても対応できるかどうかといったら「?」です。

 大学であれ、短大であれ、専門学校であれ、高校であれ、学校というもの以外の進路であれ、そこに価値があるとかないとかって本当はないんだと思います。
 とにかく僕と関わるすべての人に一番伝えたいことは、自分自身が選んだ道を生きていってほしいということ。というか、主体的に生きていって良いんだょっていうこと。



 外はめっちゃくちゃ暑いけど、
 もっともっと熱くなろうと思いました。

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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年07月18日

返事が届くまでの時間

 明日から一部の生徒さんは夏期講習が始まります。
 当然がんばっていきたいところではありますが、今日は休日。


 だから、ブログも休日バージョンで(笑)


 中学の時に、文通していた友だちがいました。
 ペンフレンドです。
 大人になった今になって思えば、お互いの住んでいる場所はほとんど遠い距離ではないのですが、電車じゃないと会えない距離。
 当時の僕たちにしてみたら、それは遠距離でした。

 僕が小学6年生の時に家を引っ越したんです。
 そして転校しました。
 それまで小3ごろからずっと仲がよくて、よく一緒に帰っていた子がいました。
 文通友だちというのはその子のことです。

 今の中学生たちのように携帯電話を持っていませんのでメールは使えません。
 定期的に手紙を書いて家の近所のポストに出します。
 しばらくして返事が届くと、その返事に対してまた返事を書いてポストへ出します。

 電話をすれば良いじゃないかと思われるかもしれません。
 でも電話も当時は簡単ではないのです。
 携帯電話がないので、使うのは家の電話、それか近所の公衆電話です。
 けど家族がいるときに家の電話を使うのは抵抗があったり、
 かといって家に電話があるにも関わらず電話のために外出するのも不自然です。
 それでも、電話をかける側の問題はなんとかなります。
 さらに問題は相手側。
 当然、相手の家の電話にかけるんです。
 誰が出るかわかりません。
「お父さん」だと特に緊張しますよね(笑)
 だから手紙なんです。


 手紙の中でどんな話をしていたのかは覚えていません。
 内容がメインのはずなのに不思議です。

 でも、手紙をポストに出しから返事が届くまでのドキドキ感を覚えています。
 相手はすぐに返事をしてくれていたのか、それとも気が向いたときに手紙を書いてくれたのか、それはわかりません。
 ただ、僕の方は毎日返事が届くのを楽しみに待っていました。

 今では、ケータイにメールが届いたらすぐに返信をしなければ相手に失礼だという携帯電話の「マナー」があるようです。
 でもそれは、ぜいたくな「マナー」だと思います。ケータイだとすぐに返事ができるという文明的な便利さから生まれた「マナー」のようですが、文明が便利になると、時々人は大切なことを忘れてしまうのかもしれません。

 相手からの返事を待つドキドキ感ってステキなものだと思います。
 確かに返事が遅いときには、切ない気持ちになることもありました。
 でもそんな時は、相手を思ったり自分自身を振り返ったりする時間に使っていたように思います。

「何かあったのかな」
「ああ、今文化祭でやる劇の練習に忙しいって書いてたなぁ」
「なんか変なこと書いちゃったかな」
「もっと話をよく聞いてあげた方が良かったよな・・・」
「・・・・・・、」

 今思えば、それは相手や自分自身のためにすごく大切な時間だったように思います。
 返事が届くまでの時間。
 待つ時間って、けっこう良いもんです。

 以上、休日バージョンのブログでした☆

 ついでに、懐メロ。


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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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2010年07月14日

ブロークンウィンドウ(割れた窓)

 日本語では「割れた窓」「窓が割れている。」と表現しますが、英語では、"the broken window","the window is broken." つまり無理矢理日本語に翻訳したら「割られた窓」「窓が割られている」といったところです。

 ・・・そんな日本人的な英語の勉強をしたかったのではありません。



 心理学のキーワードに、「ブロークンウィンドウ理論(=割れ窓理論)」というものがあります。

 町の中に、
 A:窓の割られた車を放置した場合と、
 B:窓の割れてない車を放置した場合とで、その後の経過を観察しました。

 すると、
 Aの窓が割られた車の方が、窓どころか車の中まで荒らされていた
 という結果が出ました。
 Bの車は何もされていませんでした。

 つまりこの実験では何が言いたいかというと、
 悪いところが少しでもあったら、次々とどんどん広がっていくというものです。

 公衆のお手洗いを借りるときなどどうでしょう。
 落書きがひどい所は、最初から落書きがあったからどんどん落書きが広がっていきます。
 落書きが仮にされたとしても、すぐに掃除されるところは、落書きがあまりされなくなります。

 人との挨拶や返事、
 携帯電話の使い方、
 等々、
 その瞬間は大きな問題点とはつながらないかもしれない最低限のマナーも、決して無視しちゃいけないってことなんでしょうね。

 勉強もそう。
 ノートの取り方や
 解き方の小さなミス。
「これくらい良いや」とか「これと成績とは関係ない」って考えるのか、それとも、細かい所から注意して正そうとするのかで、数年後の結果って違ってくるように思います。

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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年07月13日

とても嬉しいこと

 先日ある保護者さん(お母さん)からお電話をいただきました。
 お電話ではナンですからというわけで、先週の土曜日、面談をしました。

 中学1年生のときに、ご都合があって当塾をおやめになった方です。
 当時は自分で勉強するということだったのですが、本当にどこか塾に通うこともなく、ご自宅でコツコツと勉強をがんばっていたそうです。

 そして、その子もいよいよ今年高校受験生です。
 自分一人で家で勉強するのも孤独だし厳しいかもしれないし。
 というわけで、そろそろ塾に行って受験勉強した方が良いんじゃないかと思ったそうなんです。

 でも、お母さんにこう言ったそうなんです。
「他の塾は嫌。中1まで通っていた塾(当塾)に電話して聞いてくれ」と。

 そしてお母さんは当塾へお電話をくださいました。


 僕は胸に温かいものを感じました。
 その他にもお子さんの頑張りの様子や、お母さんが苦労されている思春期の難しい心のお話なども伺ったのですが、その度に涙が出そうになりました。

 お母さん自身は、
「無理言ってすみません」
 と言って恐縮されていましたが、とんでもないことです。
 こちらとしては当塾を選んでくださったことを心から感謝いたします。


 さあ。
 高校受験生が少人数クラスの方は、人数がこれで確定です。
(受験生については個別指導をのぞき、募集をしめきりとさせていただきます)

 今年の受験に立ち向かっていくメンバーがそろいました。

 夏、本番。
 がんばっていきましょう!

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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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2010年07月09日

ハンバーグ定食なのにハンバーグ後回し勉強法

 たとえば今日のランチに「ハンバーグ定食」を注文するとしますね。
 デミグラスソースです。
 その人はきっとハンバーグが好きな人なんでしょう。
 大大大大だ〜い好きでないとしても、少なくとも今はハンバーグを食べたい気分です。

 ところがハンバーグ定食には、あまり好きではないニンジンも入っています。
 主役じゃないのに自己主張が激しく、真っ赤っか。しかもお星様の形。
 ああ・・・、コーンスープもついています。
 コーンスープのドロッとした感覚が好きじゃなかったとしたら。

 さあ、
 ハンバーグを先に食べますか? それともニンジン?
 コーンスープ?

 こういうシーンは、よくあったように思います。
(ちなみに僕はハンバーグもニンジンもコーンスープも大好きです^^)


 好きなものを先に食べる人もいれば、嫌いなものを先に食べる人もいます。

「好きなものは最後にとっておく」という人もいれば、
「いやいや、最後にとっておいて、最後の一口の前に大地震が起こって食べられなくなったらどうするん?」
 と言う人もいたりして。。。


 さて、
 勉強においては、苦手科目を先にやってしまう方が良いみたいです。
 そもそも苦手科目に対する苦手意識を消しちゃえっていう目標も僕にはありますが、それはちょっとオイトイテ。。。

 まず、
 勉強しよう思っているくらいだから、はじめのモチベーションはその後よりは高いんです。
 そのモチベーションが高いその時に、グッと鼻をつまんで苦手科目の方を選びます。
 モチベーションだけでなく、体も元気です。

 ところで、
 その科目、何があなたを苦手にさせたんでしょう。
 教えてくれる先生が嫌でしたか?(笑)
 でも、今なら一人で勉強ができます。
 大丈夫。
 その先生はここにいません。

 あ、それとも、
 間違ってばかりですか?
 よく理解できないですか?
 大丈夫。
 心も体もリラックスしている今なら、案外出来るもんです。
 意外にわかるもんです。
 この「案外」とか「意外に」ということを意識して下さい。
 もともと得意じゃない科目ですから、それほどサクサクできなくて当然です。
「思ってたよりは」できているような「気がする」ようなら大成功。
 ちゃんと成績の上がる方向に向かっています。

 わからない問題には、赤ペンでチェックをしていてください。
 そして、それを特にキライってわけでもない方の先生に教えてもらいましょう。

 それから、
 苦手だと思っていた方の科目をしばらく勉強して、
「なんだやればできるじゃん」
 という気持ちになれば、次に得意科目をもっと出来る科目にする勉強をしましょう。

 なんといっても得意科目です。
 少々体が疲れていても、少々モチベーションがダウンしてきたように感じていたとしても、
 大丈夫です。
 また再びやる気が出てきて、またモチベーションも高まってきます。

 こんな勉強計画って、
 斬新でもなければ画期的でもなく、おそらく昔からあったことなんでしょうけど、
 昔からあって今もあるってことはやっぱり効果的だということなんです。

 ぜひ試してみて下さい。

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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

「やる気がない」と言うけれど・・・、

 成績が上がらない子に対して、
「やる気がない」と早合点してしまうのは良くないと僕は思います。

 たいていの子はやる気がある子です。
 少なくとも、僕は学習塾で子供たちを見ているのでそう感じるのかもしれません。
 やる気がない子は、そもそも塾へ来ません。
 それは親が行かせているんだという意見もありますが、本当にやる気がない子はそれでも来ません。

 ただ、
 やり方がわからなかったり。
 やる数や量がわからなかったり。
 やるものを持っていなかったりすることが多いんです。

 だから、「やる気がない」とすぐに決めつけることはできません。


 そんなことよりも僕は思うことはあります。

 がんばろう。努力しよう。一生懸命やろう。
 勉強しよう。サボらずにいこう。集中しよう。


 そんな言葉に代表されるアクセルの踏み方については、子供たちって毎日のように教育を受けているんです。
 だから子供たちもちゃんと知っています。ちゃんと口にもします。

 けれど、もう一つ大切なことがあります。
 みんなブレーキの外し方は習っていないようです。

 やっても無駄。どうせ無理。


 もちろんブレーキは止まるときや減速するときに欠かせない、
 ブレーキを踏まなかったら危ないですからね。
 安全に生きる上ではブレーキは必要です。
 やる前にやめるという選択もしなきゃいけないときもあります。

 だけど、ブレーキを踏みながらアクセルも踏むとどうなるんでしょう。
 僕は車を運転しないのでわからないのですが、壊れてしまいそうですね。
 人間の場合そう簡単に壊れないとは思いますが、それでもけっこう参っちゃうかもしれません。

 そして。
 心のブレーキを踏んでいるのは子供たち本人ですが、そうさせてしまうのは子供たちの周りの環境です。
 その子供たちと接する人たちの、
 態度や
 言葉。


 だからこれは僕自身への訓戒なんです。
 もちろん心のブレーキも、使い方によっては大切。
 だけど必要なときにはブレーキを外すことも大切だと、伝えていきたいと思います。


「やっても無駄」とか「どうせ無理」。
 こういう言葉って、誰がそう決めたの?ってことですよね。
 やってみたら出来るものだし、やったら視界が広がることもあります。
 無駄とか無理とかって自分で思いこんで、大切な体験をしないままなんて残念すぎます。

「時間がない」とか「余裕がない」
「やるパワーがない」
「今までやったことがない」
 こういうのもそう。
 心のブレーキですよね。
 それがあるから、安全なときは確かにあります。
 でも、それによって行動が妨げられているときもあるように思います。
 やれば結果が変わるかもしれない。

 お子さんや親御さんの持っている心のブレーキを、あえて外させるような環境でありたいと思います。

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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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