2010年10月31日

理想マイナス25

 日曜日の雨。
 最高の勉強日和ですね。

 実力テストの勉強をしに来ている受験生のための教室監督、質問受付係をしています。
 うちはあまり休日補講はしないんですが、こうして生徒さんから「教室開けて」って言われる分にはできるだけ協力する派です(笑)

 さて、
 目標はあった方が良いのは勉強も勉強以外のことも同じです。
 目標は予想ではありません。
 テストの点数でいえば、目標点数は予想点数とは違います。
「だいたいこれくらいだろう」という予想ではなく、「これくらいとるぞっ」っていう目標です。

 そう、
 目標は、つまり理想。


「理想」と「現実」って、
 国語で習いますね、そう、対義語です。

 対になります。

 反対というよりは、
 理想の向こうに現実がある、と僕は理解したいです。


 その理想は勉強にしたって、それ以外にしたって、
 しっかりと持っている方が良い。

 だって、
 そうすることによって、理想と現実との違いがわかるからです。
 
 今の自分じゃダメだとか、
 こんなんじゃ納得できないっていうふうに今に不満があるということは、それだけちゃんと理想を持っているということ。
 すごいじゃん。

 たとえば理想マイナス25だとしたら、
 その25っていったい何なのか、何をすれば良い25なのか。
 それを考えて、しかも行動することができます。
 マイナス25を埋めるために、プラス25の努力と行動をするんです。
 マイナスもプラスもけっきょく同じだと思います。

 苦しみとかつらさ、
 現実との違和感があれば、それってホントは素晴らしいことなんじゃないでしょうか。
 理想に近づく準備ができています。

 さあ、
 もうひとがんばりしましょう。


 追伸、
「なんでこんな点数しかとれないの!?」って言う人がいるけど、そんなん意味ないと思うんです。
「そんな点数」になった言い訳なんてどうだっていい。
 今から何をすれば、目指す点数をゲットできるのか。大事なのはそこですよね。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年10月30日

やる気が出ない人へ

 こんにちは。
 塾長の島幸樹です。

 日に日に寒くなってきました。
 今年の気候はやや異常だとかで、夏がふだん以上に暑かったり、台風の時期が遅かったりします。

 気候がおかしいと、僕たちの体をうまく機能させてくれる自律神経の機能がやや乱れ、「体がついていけない」と言ったりします。

 でもホントは、
 知らず知らずの間に、体はうまいこと環境に合わせてくれているんですよね。
「ついていかない」って言ったって実は生きていくために、ついてきています。
 ステキですね。


 中学生、とくに高校受験生とは顔を合わせることが多くなりました。
 それは彼ら彼女らも受験が近づき、授業時間や授業じゃなくても塾へ来る時間が増えたからです。


 こういう時期になると、
 他の学年の子たちがときどき口にするような、

「やる気がない」

 などという言葉はあまり言わなくなります。


 やる気がないから勉強しない、

 やる気がないから成績が上がらない、

 やる気がない、

 やる気を上げるにはどうすればいいですか?


 もちろん、やる気はあった方が良いです。
 やる気があると理解力も高いだろうし、勉強時間も持続します。
 たとえば同じ1時間でも、苦痛の1時間とか楽勝の1時間ってあるでしょう。
 やる気がある方が楽勝なんだと思います。


 けど、
 やる気がない。

 じゃあ、どうすれば良いか、


 って、そんなことをいちいち考えているからアカンねんっ
 って思います。


 やる気がないなら、
 どうしてもやる気が出ないなら、

 そんなものなくて良いと思います。
 出さなくて良いです。


 ただ、

 やるだけです。



 そもそも「やる気」がない人が、
 備えていない「やる気」を用いて、
「やる気」を出そうとするから無理が生じます。


 それに時間を費やすのではなく、

 ただ、

 やるだけです。


 黙々と、
 目の前にある課題を、
 解き続ける、
 わからないときは調べるとか聞くとか次の問題に先に進むとかしながら、
 とにかく、
 やる。



 たとえば脳ミソ。
 この脳ミソのうち、体に一番近い部分に「脳幹(のうかん)」があります。
 考えたり感じたりする働きとは違い、脳幹は生きるために最低限必要な基本的な働きを一生涯黙々と続けています。

 呼吸や血圧や脈拍、体温の調節、
 それから「おしっこがしたいなぁ」とか「目がパサパサしてきたよ〜」とか「おなかがすいてきたかも〜」っていう反応に対してそれ相応の連絡を体の部位に指示してくれるのが脳幹です。


 さて、

 この脳幹。


「やる気がない」とか、


 言う?


 言いませんね。


「目がパサパサするけど、やる気がありません」といって涙が流れなかったら、
 もう、目がカッピカッピです。困ります。


 脳幹は、やる気があるとかないとか言わずに、延々とやるべきことをやり続けています。
 それを僕たちは生きながら意識することはめったにありませんが、生きているのはこうして脳幹が休まず働いてくれているからです。


 やる気がでないよー、
 やる気がないよー、

 どうしようー。


 っていうときは、やる気を出そうなんて思わなければ良いと思います。
 ただ、やるだけ。


 でも、もしそれもできなければ、
 いったん寝てみるのはどうでしょう。

 ちなみに、
 いったん寝て体を休めようとするのもまた、脳幹の働きです。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年10月19日

まず部屋を片付けないと勉強できない人へ

 テスト勉強をする前に、
 まずは机の上を整理してからじゃないと勉強できない。

 というわけで机の上のものをきれいに整理しているあいだに友達からもらった手紙やら、数か月前のプリントやらが出てきて、それらの中身を確認しながら片付けている間に時間が遅くなってしまう。または、体がつかれてしまう。

 それでいったんベッドに横になる。
 気づけば朝になっていた。

 ……試験前あるあるです。
 僕もありました。


 勉強しようという気持ちが足りないのか、
 それとも普段から部屋をきれいにしようという気持ちが足りないのか。

 そんなことを、
 試験が終わってから悩みだすんです。



 そういう人はね、
「何事もまず気持ちからなんだ」っていう信念を持っているんだと思うんです。
 だから部屋がきれいな状態じゃないと、勉強する気持ちにならないと考えている。

 でも、
 そもそも部屋を片付けようという発想を180度チェインジしてみてはどうでしょうか。


 今おきている問題点は何ですか?
 机の上がザツすぎて勉強できる状態じゃないんですよね。
 机の上以外にも、勉強と関係のないものが見えて気になってしかたないんですよね。

 だったらまず、
 机の上のものを両手いっぱい広げて
 ザザーーーーーーーーーーー!!
 ガシャンガシャンガシャーーーーン!!
 って具合に机の下にみんな落としてしまえばどうでしょう。

 ほら、
 机の上スッキリ!

 でも机の下が汚くなりました。

 じゃあ机の下の物を、
 あなたが机に向かって座った時の背中側、
 そこにすべて瞬間移動します。
 両手両足使えるものはすべて使ってください。
 ガガガガガガーてな具合に引きずって移動。

 ほら!
 これで目の前スッキリ。

 ……ダメでしょうか。

 たしかに部屋は余計に汚くなったかもしれません。
 けど今おきている問題点が、
「部屋が勉強できない状態であること」なのであったとすれば、逆に部屋は汚れましたが今はおそらく勉強できる状態になったのではないでしょうか。

 部屋の片づけは、
 勉強が終わってからでもかまいませんね。
 勉強に疲れて片づけをやめてしまうかもしれませんが、たぶんそんなに後悔しないはずです。



 とまあ、
 これは極論ですが、言いたいことはこういうことです。

 問題点が何なのかをよく考えてみて、その問題解決のための手段をあらためて考えてみれば良い。

 人はけっこう
「こういうときはこうするべきだ」
 にとらわれてしまいがちです。
 ちょっと立ち止まって別の見方をすれば、けっこう名案が浮かんだりするかもしれません。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年10月17日

自習室開放についての考え

 試験前は教室を生徒さんたちの自主学習利用のために開放しています。
 平日も空いてますが、日曜日は特に通常の授業がないので自習室オンリーです。
 狭い教室が広く使えてラッキー、
 かな?

 試験前特別補講のようなものも、
「やってください」と緊急要請(?)があればやりますが、それ以外はこちらから呼びかけたり、呼び出したりすることはありません。

 自習=自主学習のための開放ですから、
 家ではちょっと集中できないゾっていう子たちや、
 塾の方がおちついて勉強できちゃうゾっていう子たちが、
 文字通り「自主的に」勉強しに来ます。

 ときどき、
「ホントは自主的ではなく、お母さんに言われたからメッチャむりやり来ましたゼっ」いう子がいないこともないですが、そういう子が教室に来てなんだかとってもソワソワしているのは他の勉強している子達が作り出している教室全体の空気に、自分自身が合っていないことを自ら感じ取っているからなんだと思います。
 57分くらいソワソワしたかと思うと、自分からすぐ帰ってしまいます。

 強制的な形でこっちから授業をつくってしまうという「手」もあるかもしれません。
 授業なんだから来ないと仕方ない、みたいな?
 でも、僕はそういうのが好みではありません。
 自習室利用のために教室開放をしている方が好きです。

 もちろんそうしてしまうことによって、
 子供たちの中には、
 そのスタイルが自分には合っていてサクサクと勉強を
 進めていける子もいる一方、
 そういうスタイルは合わなくて、
「この時間に塾へ来てハイ次はこれ次はコレ」って指示を与えられる方が伸びる子もいます。

 どちらのタイプもいることはわかっていますが、
 当塾はどちらのタイプの対応もできるほど器用なところではないようです。


 もちろん開放時間中は、
 僕や講師が教室にいますので、
 問題でわからない所があって一人で考えてもどーしてもわからなかったら質問を受け付けます。
 それに解き方以外でも、
「今度、イオンの問題が出るらしいねんけど、どの問題集(プリント)やれば良い?」
 って聞かれれば、
 僕はウキウキしながら、
♪〜20日30日5%オッフ〜♪
 って歌いながらイオン対策プリントを渡したります。

 けどほとんどの場合、
 こちらからすすんでアレやれコレやれと指示することはありません。
 そうしないことで、子供たちなりに考えてくれるんですよね。

 生徒さんたちの10年後20年後を想定しています。
 そのころ新しい何か(それは人によっていろいろでしょうけど)身につけたいスキルが彼ら彼女らにはあって、そのために訓練なり勉強なりをしています。

 取りくんでいる問題で悩んだ時や、そもそもどうやって勉強しようって思った時は、
 まずは自分で考えなくちゃいけないでしょう。
 与えられてそれを消化するっていうクセが付いてしまっていたら、与えられない状況になったときに困ると思うんです。

 与えられない状況で人は知恵をしぼります。
 そして自分で知恵をしぼって行動するわけだから、当然それは身に付きます。
 知恵をしぼってもやっぱり自分じゃ難しい場合は、誰か知っている人に聞こうという発想になると思います。

 順序としてはそれなんじゃないでしょうか。

 だから、数ある塾の中でうちを選んでくれた子供たちには、うちがその練習機関であってほしいと思います。

 そんなん僕(塾長)の勝手な教育観なんでしょうけど、個人塾が塾長の教育観でやっていっても許してもらえるんじゃないかなって。。。

 もちろん、
 将来いつか自分なりに考えることができるための
 その練習の1段階としてこそ、
 補講やら宿題やら課題を与え続ける環境を大人は子供たちに用意するべきだ
 という教育観もあると思います。
 あると思いますが、当塾がその教育観を採用していないというだけのことです。

 今日も見ていると、
 うちの塾生はホント自主性だなぁって思います。

 塾長は頼りない、
 頼りなさすぎです。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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2010年10月07日

一期一会(いちごいちえ)

 あるお店でご飯を食べていたら、その店の張り紙にこう書いていました。

「一期一会の気持ちで従業員一同対応します!」


 一期一会。
 良い言葉ですね。
 ここであなたと出会えたことは、とても素晴らしいこと。
 だから、この生涯の中であなたと会えるのはこれが最後なんだという思いを持って、今この時を大切に、そして真剣にあなたと向きあいます。

 そういう意味ですね。
 素敵な言葉です。

 会計のときにスタンプカードを渡され、
 そこには「10個たまったら○○無料!」って書いてあり、
「…10回会うこと想定してるじゃん」と思ってしまったことはさておき……、

 一期一会、
 大切な精神ですね。



 先日、
 ある生徒さんが、塾へ来るなり機嫌が悪そうでツンツンしてて、
 事情を尋ねると、家を出る直前までお母さんと口げんかしていたということでした。

 テストが返ってきたばかりで、
 お子さんが塾へ行く時間だったので、
 その先日返ってきたテストの「悪さ」を持ち出した上で、その日の授業を頑張るよう励まそうとしたことが、逆に口げんかのタネになったようです。

 バタンっ!!
 って玄関のドアを叩きつけるように閉め、
 猛スピードで自転車に乗って塾まで来たようです。



 昨夜もニュースで、
 バスの交通事故の話があり、かわいそうだなぁ〜と思っていました。
 突然亡くなるってどんな気持ちなのかな。
 痛いかな、とか辛いかな、とか思っていました。


 こんなこと想定するのはダメなんだけど、
 もしもとつぜん事故で亡くなったら、
 そして亡くなる直前に親子で大げんかしてて、
「あー!うるさい! もう顔も見たくない!」
 って言い放って家を出た後に事故で亡くなったら、

 亡くなる寸前にどんな気持ちなんだろう。
 って、ふと考えました。
 つらいやろうなぁ〜。
 あんなこと言わんかったらよかったー、って思いながら苦しむんかなぁって。

「顔も見たくない!」
 って言われて残される側も苦しいに決まっています。

 最後のセリフ、最後のやり取りって、ずっと心に刻まれると思うんです。

 例えが失礼で、ごめんなさい。


 他人が相手の方が
「これが最後だと思って大切に真剣に接する」気持ちが持てるんですよね。
 相手が身内の場合、どうしても甘えがあるから、そんな気持ち忘れてしまいます。

 自戒の念も含め、、、
「一期一会」。
 大事にしたい精神です。

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 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
posted by しま | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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