2010年11月28日

何回見ても素敵な動画

 11月28日、日曜日。
 今日はずっと生徒さん達の自主学習のため教室を開けています。

 2学期にもなると、「いつものメンバー」がわかってきます。
 すべての生徒さんが自主学習に来るわけではなく、家でやる子もいます。
 家だと落ち着かなかったり集中できなかったり、テレビ見てまうねんだったりして塾で勉強する子もいます。
 そんな「自習ぅ〜ず」のメンバーたちと一緒に今日もがんばりました。
 長時間勉強、ご苦労様です。


 さて、
 今日は塾長のお気に入り動画を3本、ご紹介します。

 お時間の許される方、どうぞご覧ください。

「人であふれた駐車場」と「レジ打ちの女性」
 そして、「強い子」の計3本です。
 感じ方は人それぞれ。何かを感じてくれたら良いなって思います。

 どうぞ。

 





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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
posted by しま | Comment(2) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月26日

真似してみたけど結局自分で「おかしい」って気がついた話

 ※過去の記事を一部修正して再UPしています。


 小学校のころ、

 ある時、
 僕は字がきれいに書きたくなりました。

 あのころは「小説家」になりたくて、400字詰め原稿用紙をお小遣いで買って、それによく自分で小説を書いていたんです。
 それは人に読んでもらうことが前提でした。
 だから誰にそう言われたでもなく、僕は字がきれいになりたかったんです。

 そんなわけで、
 意識してきれいな字を書くようにしました。


 ある日のこと。
 席替えをした日だったかな。


 隣の席の女の子の字を見て、
「あ、きれいだなぁ〜」って思ったんです。
 (字ですよ、字の話ですよ。)


 で、
 じろじろ見ていて、わかったんですけど、

 その子の字、、、
 薄(うす)いんですよね。


 僕が書く字と比べても周りのみんなの字と比べても、どう見たって薄すぎるくらい薄いんです。


 それでわかりました。


 「あ、そうか! 字を薄く書けばきれいな字になるんだ!」って。


 その時から僕は鉛筆を持つ手から力を抜いて、

「もうワタクシ動けません。ヘロヘロでございます。。。」

 ってくらいの力で、うっすーい字を書いたんですね。

 漢字の練習も、薄い薄い字ばかり書いていました。



 けど、気がついたんです。

 「え? これってホンマにきれいなのか?」


 そう気が付いて改めて自分のノートを見直したら、
 自分の字はただ薄いだけなんですね。
 確かにゴツゴツ感はないけど、きれいでも何でもない。


 それだけならまだいいんですが、
 そのうち調子に乗りすぎているものだから、もう何が書いてあるのかサッパリわからない箇所があります。
 そんなのって意味がないって思いました。

 字って何よ!?
 って改めて考えたんです。

 字って見せるためのものじゃないのか?って。

 自分のためじゃなくって
 ラブレターだって好きな子に読んでもらうものだし
 机の上に置いてある、
「冷蔵庫にヨーグルトを入れてます。食べ過ぎないでね^^」
 っていうメモだって、相手が読むためにあるんじゃないのか?って。

(おまけデス…)
memo.jpg


 そう思ったら、
 その薄い字で書かれた原稿用紙も捨てたくなり、
 漢字ノートを見るのも嫌になりました。

 なんだかとてもかっこ悪かったんです。
 「薄い字がきれい」って思った自分がかっこわるかったんです。

 で、
 もう一度、隣の席の女の子(まあ、その時には既にまた違う席に変わっていたんですけどね)の字を見ると、確かにその子の字は薄いんですけど、それだけじゃないんです。


 マスからはみ出していないんです。


 ああ、
 「マスからはみ出さない字を書けば良いのか〜」って。。。

 そうやって僕はまた真似をしていたんですけどね。
 マスからはみ出さない字が書ければ、1字1字バランスが整ったわけですが、まあまあ・・・それは置いといて。。。


 とにかく、
 こうやっていつもいつも真似をする子でした。
 それ良いなって真似をして、
 真似をしたことに対して結局自分で「おかしい」って気がついたりする子でした。


 今そんな話を思い出しながら考えていたんですが、
 真似をすることって、けっこう大切だなって思います。

 真似をするって、
 やっぱり嫌なものは真似しないわけで、良いって思うことや思う人の真似をしますね。
 自分が持っていない部分を何かから誰かから真似して学ぶんです。

 でも、
 それがおかしいことだったら、どこかできっと「おかしい」ってことに自分で気がつくんです。


 薄い字が良いか悪いかは別として、
 その字は確かにその子の字。
 なのに、薄いっていうところだけを真似しても、そもそも僕の字には薄い字が合わなかったんです。
 だからちっともきれいに見えない。

 けど、
 真似したからこそ、
 それが自分でわかったんですよね。


 まずは人の真似をしたら良いんです。

 何でも真似をすれば良いって話でもないかもしれません。
 けれど、良いと思ったならまずは真似してみれば良い。

 そして自然に「これはおかしい」って思うところまでやってみればいい。
 ある時それに気がついた時、また違うふうにやってみればいい。

 それは失敗のくり返しなんかではなく、
 それこそ成功していく技なのではないでしょうか。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年11月17日

大学って行った方が楽しい?

 受験生も、進路を決めていくこの時期になると、
 大学っていうのを意識する子がいます。

「大学って行った方が楽しい?」

 ……っておいおい、先に高校に行くこと考えようね。
 とは僕は思いません。


 とにかくそれは、
 彼ら彼女らが自分自身の性格ややりたいことに関心を持つようになっているということ。
 そりゃあ、高校すっとばして大学に興味がわくこともあるでしょうよ。


 だから高校入試までの当塾だけど、大学のことにも出来るかぎり一緒に考えてあげたいと思っています。

 けど、
 よく生徒さんから聞かれる(言われる)ことに、次のようなことがあります。

「大学ってなー、あんまり授業受けなくて良いんやろ?」
「ほとんど学校行かなくっても良いんやろ?」

 この質問をされるとき、僕はなんだか変な気持ちになります。
 確かに、中学や高校と比べると授業の考え方が違います。
 必須科目はあるにせよ、取りたいように自分の時間割を作れば良いです。

 けど、
 そもそも学問をしに行くわけだから、
 できるだけ授業を受けなくても良いような時間割を作ろうという意思が少なくとも大学時代の僕にはまったくありませんでした。

 僕は大学の時、人一倍、授業を多く受けました。
 授業だけではありません。
 図書館やPCルームにこもって、メチャメチャたくさん勉強や調べ物をしたことを覚えています。

 授業を受けることが苦じゃなかったといえば、ぜんぶがそうではなく、確かに苦しい授業もありました。
 けど、その授業を受けることによって得られるものがあることの喜びは知っていました。

 そう、
 大学生活の勉強や研究、つまり学問をしている4年間は、それ以前には味わったことがないくらいの喜びがありました。
 大学は、すごく楽しい。

 授業をあまり受けなくて良いから楽しいわけでもないし、学校に行かなくても良いから楽しいわけでもありません。
 やりたいことを、とことんやり続けることができます。
 大学には当然ながら本も論文もありえないくらいあるし、当然ながら教授もいっぱいいて、知りたいことをとことん追求できます。
 そんな素敵な場所、これまでの人生にそうなかったです。

 だから
「大学って行った方が楽しい?」

 そう質問されたら、
 率直に、ただその質問通りに簡潔に答えて良いなら当然、

「うん、楽しい」

 って僕は答えます。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年11月12日

【小冊子】ご感想など。ありがとうございました♪

__.JPG

 テストの点数を上げるために猛勉強。

 けれどもう1つ。
 その子供たちを支える環境づくりを僕は大切にしたいとずっと思ってきました。
 
 ピリピリ…、ギクシャク…、
 そういう環境下、つまりご家庭だったり学校(クラス)だったりの中で、子供たちが自分の理想を目指して努力するのは負荷もあるかもしれません。

(いや、実はそういう負荷の中で、子供たちは意地を学んだり、理想をもっと具現化しながら、大人になっていくのかもしれませんが…でも)

 大人が、あえてピリピリギクシャクの状況をつくる必要ももちろんないわけで、
 ピリピリギクシャクもスッキリ解決できる1つのきっかけになるコミュニケーションについて、今回、小冊子「親子☆ハッピーコミュニケーション」を書きました。


  おかげさまで、既に多くの方に手に取っていただき、読んでいただき、感想までいただいております。

 一部ご紹介させていただきたいと思います。


【ブログでご紹介くださった方】

 ウランさん、ありがとうございます!
⇒ http://ameblo.jp/uranuran7749/entry-10701442485.html#main

 ホンダ先生、ありがとうございます!
⇒ http://mrhonda.jugem.jp/?eid=5252

 植田先生、ありがとうございます!
⇒ http://www.front-news.jp/blog/?p=1035


【アンケートをご送付くださった方】

 ・自分が親に言われてきた事を子供にも言ってる部分があり、小冊子を読んで自分の子供には違った対応も必要なんだと思いました。

 ・すごく読みやすく、流れるように一気に読めました。

 ・オウム返しをしたときに、相手の返事が「うん」で終わってしまったら、その時どうすればいいのでしょうか?
    ……その状況にもよるんでしょうけれど、沈黙するのもまた大切なのかもしれません。1〜2分の沈黙っってけっこう大変ですが、時には必要、かも?

 ・子供との会話だけでなく、日常の会話でも気をつけてコミュニケーションをとるきっかけになりました。

 ・大学で教育心理学などを勉強した時のことを思い出しました。

 ・我が子には「どうして?」と聞いてしまったり、ついつい「危ない」やら「静かに」やら「ダメ」と言ってしまいます。話を「聴く」大切さ・・・・再認識させていただきました。

 ・先生の周りには「幸」がいっぱいでしょうね(^-^)感謝!

 ・言い方ひとつで子供を傷つけてしまうことを痛感しました。

 ・島先生の優しさがすごく伝わってきました。



 など。
(内容に個人的なものが含まれる場合は、その方に配慮して省かせていただいております)



 みなさま、
 本当にありがとうございます!

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年11月11日

理想と現実

 自分のやりたいことを仕事にする、
 僕はそういうのが理想だと思っています。

 そして、その理想は必ず現実になるものです。
 なのに、人は「それは理想であって現実ではない」と線を引いてしまうことがあります。

 理想と現実を、僕はカラオケのルームみたいな区分けがされたものだとは思いません。
 こっちの部屋が現実で、向こうの部屋は理想。
 壁で仕切られているから、向こうの部屋にはいけない。だけどときどき音が漏れてきて、向こうの部屋の様子がチラッと伝わってくる。
 そんなんじゃないと思っています。

 夜が朝になったり、朝が夜になったりするときは、ある瞬間急にパッと世界が変わるのではなくて、じわじわと空の色が変わってきます。
 そして、知らない間に「朝」になっていたり、「そういえばもう夜だね」っていう空の色になります。
 理想と現実もそういうものなんじゃないでしょうか。

 自分が求める方向にだんだん知らない間に近づいてきて、
 ある時気がついたら、そうなっている。


 なんだか、
 抽象的なことばかり書いてしまいましたが、そんなふうに僕は考えています。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2010年11月06日

【小冊子】親子ハッピー☆コミュニケーション法 塾長 著

 こんにちは。
 塾長の島幸樹です。

 この度、小中学生のお子様がいらっしゃるすべての保護者様に贈る小冊子を発行いたしました。

 タイトルは、

小・中学生のお子さんを持つ親御さんのための親子ハッピー☆コミュニケーション法
 です。

__.JPG


 30ページほどですので、ササっと読めそうな分量です。
 内容もストーリー仕立てですので、お子さんとの最近の会話のやりとりを思い浮かべながらお読みいただけると幸いです。

 塾生の方には配布させていただきます。
 ご希望の方は、どうぞお気軽にお声掛けください。

 たくさんの方にお読みいただけると幸いです。
 ご協力よろしくお願いいたします。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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