2011年11月25日

「頭が良い人」VS「対人関係が上手な人」

 先日、ある保護者の方からこんな質問されたことがあります。

 今のご時世、頭が良いからって世の中を渡っていける時代ではない。
 これからは、対人関係っていうんでしょうか、人とうまくやっていけるコミュニケーション力? そういう力がある人の方が良い大人になっていけるんじゃないでしょうか。
 先生は、「頭が良い人」と「対人関係が上手な人」、どっちの方が得だと思いますかぁ?

 と、何かの話題の流れで、そういう話になりました。

 どちらが得ですか?

 僕は。
 どちらもあった方が良いに決まってますよね、と答えました。
「頭も良くて」「対人関係も上手な人」。両方です。
 というか、どちらか選ばないといけないものではないですね。
 この道を右に行きますか?左に行きますか?だったら少なくともある時点においてはどちらかを選ぶ必要がありますが、上記の両者はそれとは違います。


 ところで、僕は子供たちに授業をするという立場なので、子供たちの授業の受け方とか勉強のしかたを見ています。
 やはり、人によってそこに違いがあるのもわかります。

 人から何かを学ぶとき(議論するとか自分の考えを発表するとかではなく、学ぶとき)に必要な態度は何かと聞かれたら、僕は「謙虚さ」と答えます。
 たぶん、ほぼ間違いないです。

 謙虚な人というのは、「自分がわかっていない」ということをわかっています。
 心はオープンな状態ですので、受け入れ準備ができています。
 たとえば、「こうする方が良いよ」というアドバイスを謙虚に受け止めることができる人もいれば、「それはちがう」って自分なりのこだわりを捨てられない人もいます。
 結果は明らかです。

 このブログでも何度か取り上げましたが、人からものを学ぶときにはTTP(徹底的にパクる)が必要なのですが、謙虚さがない人は徹底的にパクれません。
 自分の「主張」とか「やり方」を変えられない意識や意地があります。
 それ自体が悪いのではありません。
 ただ、学ぼうとするその時に、それをいったん横に置いておける人が伸びる人です。

 たとえば大勢の人が話題にしているある時代におけるブームな何かがあるとします。
 それに対して今何が流行っているのかを学ぼうとする人は、まずは謙虚にそのブームを受け入れます。
「私には無理だわ」とか「私としては・・・」とか、まずは言わないです。
 いったい何が世の中で起こっているのか、それをまずは事実として素直にとらえます。

 それを打ち破って、自分の主張を(もしもそれが常識とズレていても)言うのは、そのもっと後です。

 学ぼうとするときに「でも」って言う人が、学ぶ上ではチョット損している人です。


 人の話を聞くとき、人と話をする時も同じようなことが言えます。
 自分のことはまず横に置いておいて、まずは受け入れる姿勢のある人、謙虚に、素直に相手のことや今起きていることを受け入れれる人は、得をします。円滑に対人関係が進むし、可愛がられるタイプです。

「でも」とか「わたしは・・・」とすぐ入ってきてしまう人、そして「No,but」の口癖や考えグセがある人は、ちょっと損している人です。


 何でしたっけ?
「頭がいい人」か「対人関係が上手な人」かですよね。
 どちらでもある人が良いと僕は思います。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2011年11月24日

電球をみがく仕事

 ここ最近、急に寒くなりました。
 今朝は「親御さんのための心理学講座」第2期第3講座でした。
 今終わって、ちょっと休憩しています。
 午後からは今日も小学生の子たち、それからテスト直前の子供たちです。今日はどんな楽しいことが起こるのか、今から楽しみにしています。

 さて、
 最近では冷蔵庫や洗濯機のエコナビ(吉瀬美智子さん)、それからブルーレイ(滝川クリステルさん)のCMなどをしているパナソニックという会社があります。
 この会社、前の名前は松下電器産業といいます。
 創業者は松下幸之助さんという方で、あまりに有名な方です。

 松下幸之助さんといえば、もう数えきれないくらいの話が残されているのですが、ひとつこんな話があります。
 僕がとても好きな話なので、よくお話しするんです。


 松下幸之助さんが工場をまわっていると、ある従業員がつまらなそうな顔をして電球をみがいています。
 その従業員に幸之助さんが声をかけます。

「あんた、いい仕事してるでぇ」

 従業員の方は答えます。

「単純作業で退屈な仕事ですよ」

 ここで「君は何を言ってるんだ!」と怒鳴りつける人もいるかもしれません。

 幸之助さんはこう言いました。

「子供たちが夜、勉強するんや」、と。

 その子たちが一生懸命に本を読んだりノートに字を書いたりする。でも、だんだんと外も部屋の中も暗くなってきて、勉強をしたくてもできなくなってきた。本を読みたくても読めない。
 その時にその子は、今君がみがいている電球をつける。
 すると部屋の中は明るくなる。だからまたがんばってその子は勉強ができるようになる。
 と。

 そして、幸之助さんは続けます。

「暗い夜道を、学校帰りの女の子が歩くんや」、と。

 真っ暗な道を怖い思いをして渡っていたのかもしれない。
 でもそこに、君が今みがいている電球がポッとついたとしたら、その女の子は安心して笑顔で家に帰ることができる。
 と。

 君が今みがいているのは電球ではない。
 子供たちの夢をみがいているんだ。
 ものづくりはものをつくっているのではない。
 その先にある笑顔をつくってるんだ。


 どんなことにもつまらないというものはないと僕は思うんです。
 ただ暗記するだけの課題にも知識を身につける喜びがあるし、ただ人を待たされるだけの時間にも出会えたときのうれしさがあります。

 退屈だと思えることにも、ひとつひとつどんな意味や目的があるんだろうって考えると、チョット楽しくもなってきませんか?
 その「チョット」があるかないかで全然ちがってくると思います。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2011年11月21日

人は経験を積み重ねて強くなる

 ブータンのワンチュク国王夫妻。ご夫婦ともにお顔が整っていて、美しいお方です。
 そのご夫妻が日本をご訪問くださり、各地でたくさんの励ましをしていらっしゃるのをテレビで見ました。

 震災で被害を受けた子供たちに、こんな言葉を残していらっしゃったのをテレビでご覧になった方もいるかもしれません。

 龍は存在すると思いますか?
 私は見たことがあります。

 龍は心の中にいるんです。
 私たちの経験を食べて大きくなります。
 みなさん、自分の心のなかにいる龍を大切にしてください。


 素敵な言葉だと思いました。
 ちなみにブータンという国名は「龍の国」という言葉が由来だそうです。そして国旗にも龍が描かれています。


 楽しいことだけではありません。
 自分の力ではどうしようもないことも起こります。
 つらいこともたくさんあります。
 だけど、それらの経験の中で何を見て何を感じて生きていくんでしょうか。

 嫌なことがあった時、ただふてくされる人もいるかもいれません。
「だって」「どうせ」「つまらない」
 出来事は、とらえ方で良くも悪くもなります。
 だからそんなふうに下を向いてばかりいる人は、いつまでも暗い毎日が続いてしまいそうです。

 嫌なことがあった時でも、そこから学ぶべきことを探す人もいます。
 自分や周りの人の気持ちに一生懸命に向きあって、人の痛みがわかるようになるかもしれません。
 そういう人は今もしつらかったとしても、そこから明るい将来に向かっていける人です。

 ところである調査によると、ブータンという国の人達に、
「あなたは生活全般に満足していますか」というアンケートをとったところ、86%の人が「満足している」と答えたそうです。
 ちなみに、日本で同様のアンケートをとると、「満足」と答えた人が56%。

 また、
「世の中は次第に暮らしよい方向に向かっていると思いますか」という質問に対して、
 ブータンの73%の人が「暮らしよい方向に向かっていると思う」 (「全くそうである」 + 「どちらかといえばそうである」)と回答していたそうです。日本では10%ということでした。

 http://www.sri.or.jp/sri_database/backnumber_kiji/documents/99/99report2_2.pdf


 もしも今がつらい時だっていう人がいたとしたら、ブータンの人たちのように、心の中の龍を信じて、明るい将来を見つめて、生きていってほしいと思います。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2011年11月17日

「なんのために勉強するの?」

 今まで何度となく、「何のために勉強するのか」について触れてきたように思います。
 けど、今回はそれじゃないんです。

 親御さんがお子さんに質問することっていろいろとあると思います。
「ご飯を食べる前には何ていうの?」
「ちゃんと宿題やったの?」
「学校の先生の話、ちゃんと聞いてる?」

 その質問にもお子さんにとって効果的な質問もあれば、効果的ではない質問というのがあるんです。
 質問という名の尋問だったり、質問しているようでいて実は命令だったりすること(「ちゃんと宿題やったの?」→「早く宿題やりなさい」)は効果的とは言えません。
 お子さんがその質問をされることでお子さんが頭のなかで対話して、自分から動き出せるきっかけになるようなものが効果的な質問ということです。
 じゃあ、親御さんはお子さんにどんな質問(問いかけ)をすれば良いのでしょうか。
 という、そんな話を当塾でやっている親御さんのための心理学講座の第4日目にしています。



 さて、その「質問」の話なのですが、カウンセリングやコーチングでは著名な方で、質問家のマツダミヒロさんという方がいらっしゃいます。
 その方の本に興味深いことがあったので、それをシェアしようと思って今日のブログを書きはじめました。


 そもそも「質問」なのですが、正しい答えというものはありません。
 親御さんが「こう言わせたい」と思って問いかける質問は質問ではありません。そしてどんな答えがお子さんから出てきたとしても、まずはすべて受け入れましょうということです。

 お子さんがすぐに答えを言えなかったからと言って、親御さんが焦って答えを急かしたりするではないんです。
 その質問をしたことでお子さんはすぐに答えなくても、ご自身の中でその答えを探そうとします。
 脳は空白を嫌うものなので、効果的な空白を与えてあげることでそれを補おうとします。
 また、間違った(求めているのとは違う)答えがきたとしても、「そうじゃないでしょ!」と言って否定してしまうと、お子さんは考えることをやめて次からは防衛することを覚えてしまいます。



 で、
 タイトルの、「なんのために勉強するの?」です。
 お子さんが勉強しない、遊んでばかりいる、成績が悪い…、
 そこで親御さんとしては大爆発してしまうかもしれません。

「あんたね、勉強しなかったら云々」
「勉強はね大事なの!大人になったときに云々」となる方もいらっしゃいます。
 けど、これだとお子さんはとりあえず「ハイハイ」言って、親御さんが伝えたい事が伝わってないかもしれません。
 ご自身を守ることに意識を向けます。
 親御さんもお子さんも良い気分にはなれません。

 そこで、この質問です。

「なんのために勉強するの?」


 すぐに答えは返ってこないことも多いでしょうね。

「わからん」

「どーでもいい」

「お母さんがうるさいから」

 そんな答えが返ってくるかもしれません。


 けど、質問するときの原則です。
「(ただしい)答えなんてない、それが返ってこなくてもいい」
 お子さんの中で考えるきっかけを与えられたら良いんです。

「なんのために勉強するの」
っていう質問には、「勉強は何らかの意味や目的があってするもの」という前提が入っていますね。
 ということは今もこれからもやる勉強には無意味なものなんかないんです。何らかの意味や目的が必ずあります。
 だから「こんなことやっても意味がない」と無気力になることもありません。

 お子さんが主体的に勉強をするための種を植えてあげるんです。
 今すぐ答えは見つからないかもしれないけど、「とにかく大事なの!やらなきゃダメなの!それやらないとあそびに行くのん禁止!!」っていうよりもよほど良いと思いますがいかがでしょうか。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2011年11月09日

「やったことがある」

 前の日曜日、当塾に通う小学生の子供達と一緒にキッザニア甲子園に遠足へ行きました。
 キッザニアは今年で3回目です。毎年、遠足には大人気の場所です。

 ここは、子供たちが職業体験をすることができます。
 第1部に行ったので、朝9時から昼の3時までずっと子供たちはどこかの会社で仕事をしています。
 PIZZA-LAだったり宅急便のヤマトだったり、阪急電車だったりALSOKだったりと、出展企業は有名なところばっかりです。
 コカ・コーラやキューピーなどもありました。

 子供たちは一生懸命いろんな職業を体験して、給料をもらってキャッキャ言ってます。
 みんな満足してくれたみたいで僕としても嬉しいです。


 ところで、
 今、手を伸ばせば届くであろうボールペンを左手でつかんで、それを右手に持ち替えてください。
 そう言うと、だいたいの方はそれをしてくれます。
 あまり抵抗しません。

 ところが、今、手を伸ばせば届くかもしれないけど届かないかもしれない何者かわからない見たこともないタコみたいなハトみたいな生物を左手でつかんで、それを胸の中に押し込んでください、と言われると、きっと誰もやってくれません。


 僕達は、いつかどこかで経験したことなら抵抗なくできるんです。
「大丈夫」だということを知っているから。

 手を伸ばしてボールペンを受け取ったことがあるでしょうし、ボールペンは突然バタバタ!っと音を立てて暴れることもないことを知っています。
 そして、左手から右手に物を持ち変える経験もきっとどこかでやっているはずです。
 経験したことがあることは特に何の抵抗もなく、やろうとするんです。


 僕達人間は、経験したことはすぐにできます。
 もしもその経験したことがある何かにチョットだけ経験したことがない要素があったとしても、経験した要素の方が多ければチャレンジするメンタリティーが働きます。

 ところが経験したことがなければやっぱり抵抗があります。

 漢字検定なんかだと僕はできるだけ子供たちに進めるんです。
 それがすぐ目前の入試で役立つとかそういうことではなくて、いつか大人になってから「よーし、やってみるか!」ってなるかもしれない(もしかするとやる必然性が出てくるかもしれない)、そんなときに「そういえばむかし5級だけど(3級だけど)受けたことがある」っていう要素を持っていたら、その方が挑戦しやすいからというのもあるんです。

 僕達は経験したことがあるっていうことには強い。

 テストの問題。
 パッと見た瞬間、「うわ〜、これは無理やわ〜」って思ったとしますね。
 最初に「無理だ」と思うと、その問題を解くことは「無理」に近づきます。もしかしたらできるかもしれない問題も「無理」と思い込んだ問題は無理になってしまうんです。
 一方、「あ、イケるかも!」って思ったとしますね。
 そう思い込んでやり始めた問題は、かなりイケる率が高まるんです。

 そして、そのパッと「イケるかも!」って思うかどうかというのは、いろいろあるんでしょうけど、1つには「やったことがある」かなんですね。


 勉強だけに限らないです。
 子供たちにはいろんなことにチャレンジしてほしい、
 と僕は思っています。

 だから子供の間に、いっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいろんな経験をしてほしいんです。
 塾だから勉強はとても大切です。
 そのうえでさらに、イベントごと、行事を通して、「やったことがある」って将来思える何かを経験してほしいと考えています。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2011年11月02日

やればできる

 一年とはホント早いものだと感じます。
 最近まで暑い暑いと言ってたかと思うと、今は少しヒンヤリします。
 もう11月。
 今月が11月ということは…、
 来月は12月です。
 この人はいったい何を言ってるんだろう。

「うちの子、やったら出来るんですけどね」
 塾に面会に来られるお母さん方には、こうおっしゃられる方がよくいらっしゃいます。

 おうちでは、
「あんたは、やればできる子なんだから」とお子さんに言ってらっしゃるとも聞いたことがあります。

 こういう書き出しをすると、だいたいはその文章の著者は、上記の内容を以後否定的に述べるわけです。
 いえいえ(笑)
 僕は否定しません。
 こうやって、お母さんがたがお子さんにお声がけしているのを聞くと僕は嬉しく思っています。
 塾というのはご家庭でのご様子が見えるようで当然見えませんので、ときどき面談などを通じて、おうちでのことを聞くとよくわかりますし、やりがいも出ます。

 だから当然否定はしません。

 ただし(笑)

 僕は子供たちに対してあまり使いません。

「やればできる子」

 あ。
 だけどこれは状況次第です。
 使うときは使います。


 勉強をしようとしない子にはあまり使わない言葉です。
「やればできる子」

 勉強しようとしない子に「やればできる」と言うことによって、相手には、やればできるという可能性が残ります。
 逆に言えば、今後その子が勉強することによって「やればできる」という可能性を失ってしまうかもしれない。

 当然、やればできるわけですが、それは子供にとっては未知です。
 少なくとも、今は「やればできる」という可能性を持っているわけだから、それを失うかもしれないという冒険よりも、今その可能性を持ち続けている方が子供にとっては安全です。
 だから、やらない。


 やって、それができたときにどれだけ素敵なのかを示すほうが
 よほど子供たちの行動は加速すると、僕は思っています。

 数学って、解けた時気持ちが良いんです。
 僕は英語の方が得意科目ですが、解けた時の達成感は数学の方が好きです。
 計算が解けた時よりも、数学が解けた時の方が何倍も楽しい。
 え? 計算と数学って一緒ですか? 違いますよ。
 計算が解けると、もっとやりがいのある数学に挑戦できます。

 これはほんの一例ですが、他にももっとあるんです。
 今できることが次にできることに変わったら、その子の環境(人付き合い)も行動(やること)も価値観(考え方)もガラっと変わります。


 今回のテストで毎日早くから塾へ来て、あるいはノートを見せてもらったら今までよりもグンと勉強量が増えていることが僕から見ても感じられて、それでテストの点数も上がっていた時。
 そんな時にはもちろん言います。
「やればできるやん!」

 使い方、状況、次第なんですけどね。
 やればできるという言葉は、やっていない子ではなくて、やっている子に僕は使います。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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