2012年04月29日

ちゃんと目標を持っていると…(2)

IMG_1404.JPG
(写真はクルクルアルブカ。最近まで塾で咲いていました。本文とは関係ありません 笑)

前の記事の続き>…書いている途中で席を外したので…^^
 勉強も同じです。
 目標をしっかりと持っている人は、その目標を叶えることが「快」です。
 だからたとえばテストが60点だったとき、どうすれば70点に、何をすれば80点に、いや次は一気に90点、100点にってところに意識が向かっています。
 今の状況にしばられるというか立ち止まってはいないんです。

 ところで不思議なことなのですが、実はこういうこともあります。
 普段60点の人がなぜか突然90点ぐらいをとってしまったりしたら…。
 彼はもしかしてビックリして次はまた60点に戻ったり、もっと低くなることがあるんです。
 人は現場を一番心地よいと思っているところがあります。だから予想外の出来事に対応できないんです。
 だからまた元に戻ろうとするのですが、元に戻ろうとすることによって現実的には元よりもひどい状況になります。
 僕は自分用には宝くじを買いません。それは「どうせ当たらないから」ではなく、当たってしまうと怖いからです^^
 宝くじで突然6億円なんて当たってしまうと、今まで6億円を手にした生活をしたことのない僕は動揺して無駄遣いして、逆にどん底の人生になりそうな気がするからです。
 特に目標がなかった状態で、予想外な出来事が起こっても困ります。それは元の状態が心地よかったからです。

 さて。
 だからしっかりと目標を立てることが大切なんです。
 それもまあまあ大きな目標。
 たとえば、地元で有名な、レベルのめっちゃ高いあの高校には大好きな先輩がいて、とても生き生きして毎日学校へ通っている。だから、僕もあの学校へ行きたいんだ。
 だとしたら、今日のテストの結果は、その目標を叶えるための1つの手段です。仮に悪かったとしたら、次のテストでは何点とらなければいけないのか考えないといけないし、実際そのために今日からやらないといけない勉強があります。数学の、証明問題がまだしっかり書けないのであればそれを今日もう一度解いてみる必要があります。点数が悪いことに悲観的になっているヒマはありません。
 もしも突然ものすごく良い点数がとれたとしたら(なんと「100点!」)、それは自分の目標にグググって近づいたことになります。目標に近づいたわけですから「快」の状態です。当然元の状況に戻ろうとはしません。

 目標なんてあってもなくてもいろんなことが起きます。それが現実です。
 ただ目標のある人とない人とでは、その現実のとらえ方が違います。
 ワクワクしてさらにどんどん成長できるとらえ方をしたいですね。

この記事をtwitterでつぶやく

 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

ちゃんと目標を持っていると…

 今日は青空。とても良い天気。
 塾のアザレア(西洋ツツジ)も綺麗です。
IMG_1483.JPG

 長期休暇に入る人も多いと思います。
 うちの塾はカレンダー通り。だから学校と同じです。

「え? 休み中も塾開けよっか? 勉強するよね」
 と中学生たちに言ってみても、

「いえ、けっこうです」
「大丈夫、家でやります」
「休みの時は休みます」

 と、
 みんなとても素直で元気で子供らしい返事なので、僕は嬉しいです^^
 がんばってください。


 連休中に家族でお出かけという方もいるかもしれません。
 車、電車、バス…飛行機!?
 ステキです。

 僕自身は車に乗らないのですが、家族で車でお出かけも楽しいんでしょうね。
 ただ、気になるのは渋滞です。
 電車だと混んでいても行き先に向かって進んでいますが、車だとなかなか動きません。

 少しぐらい予想はしていたとはいえ、10kmの渋滞…。
 せっかくの楽しい家族旅行が。。。
 みんなイライラしだすし、ママは無口になるし、パパはタバコの本数が増えるし。
 テレビもガサガサして写りが悪いし、ケータイも電波届いてないし。
 しかもお腹がすくし。
 というわけでレストランに入ったら、予想していた以上に値段が高いし。。。

 せっかくの旅行が・・・。

 そうなんです。
 旅行にはいろんな出来事が起きるものなんです。仕方ありません。
 渋滞ぐらいは予測していたかもしれませんが、その渋滞によって起こるいろんな事態は予測していなかったかもしれません。
 でも、起きるものなんです。

 こういう時は最初にしっかりと目標を立てておくというのはどうでしょうか。
 たとえば、目標は「ディズニーランドに着いたらおもいっきり開放的に楽しむこと」というのも良いのですが、そうではなく(いえ、それはそれとして)、

 たとえば、
「家族でいつも以上にたくさん話をして楽しむこと」
 だったとします。
 そうすれば、この家族にとっての充実感ワクワク感は「たくさん話をして楽しむこと」にあります。
 だから車の中でもいっぱい楽しもうとします。
 ガサガサして写りの悪いテレビも笑いのネタになるし、ママもいつもよりおしゃべりです。

「せっかくの休みだからパーっとゼイタクをすること」
 が目標だったとしたら、途中で入ったレストランがメチャメチャ高くても(メチャメチャ高いくらいの方がむしろ)ハッピーな気持ちになれるかもしれません。

 目標がなかったら、不意に起きることすべてに対して脳は不快だとキャッチしてしまいます。
 でも、目標があればその目標がかなっている姿を脳は「快適〜♪」と思っているので、いろんな出来事に対してワクワクしています。

 <あとに続く>…今書いている途中^^

この記事をtwitterでつぶやく

 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2012年04月24日

転ばない努力をするのか、転びながら努力するのか。

 最近はすっかり春らしくなりました。
 暑いぐらいのときもありますが、歩いていても自転車に乗っていてもポカポカ本当に気持ちがいいです。
 あまりにも気分が良いので、基本的には緑が好きで、花をあまり置かない塾長もチューリップを一本(一輪?)買いました。
 IMG_1414.JPG

 さて、
 これについては賛否が分かれてしまうかもしれません。

 道に小さな子どもと母親が歩いています。
 そんな光景があるとしてくださいね。

 お母さんは、お子さんが転ばないように注意をしますか?
 それとも、
 転んでも歩かせようと注意しますか?

 あるいは、どんな状況を思い浮かべてもらってもかまいません。
 失敗しないように努力しますか?
 それとも、
 失敗しながら努力しますか?

 ケガをすれば痛いし、もしかしたら痛いですまないときもあります。
 でも、ケガをしないとわからないこともあるかもしれません。

 僕は今自転車に乗ることができます。
 乗り方を覚えるまではいっぱい転びました。
 むしろ転びながら覚えたといった感じです。
 そうでないと脳や体にインプットできないものもあります。

 勉強も一緒。
「答えを間違えちゃダメ!」
 それはそうなのかもしれません。
 でも、間違えてもそれほど重い罪には問われませんし、命の危険は無さそうです。
 ましてテストでなくて、日々の授業や宿題ならなおさら。
 間違えながら次にステップアップできることって、勉強にはあると思います。

 それよりもむしろ、
 堂々と間違うことができる場。
 間違って、理解しなおして、わかるようになれる場。
 ここはそういう場でありたい、
 僕はそう思います。

 間違って、
 あれ? あ、こうか、
 あれ? また間違ってしもた。
 え? こう?
 おお、そうか。
 できた、わかった。

 ここがそういう場であってほしい、
 僕はそう思います。

この記事をtwitterでつぶやく

 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2012年04月05日

イルカのお話

 イルカの芸は見たことがありますか?
 前の方で見ていると水しぶきを浴びちゃいますね。
 すごく高くまで飛んだり、数匹で連携して遊戯をしてくれるので、とても楽しいですね。

 そんなイルカのお話。

 調教師はいったいイルカに何をして、あんなにも素敵な芸を教えるのか。
 実際には調教師自身は芸を教えないんです。
 という、そんな話。

 最初、イルカはただ泳いでいるだけなんです
 そして調教師もまた、そのイルカに対して何もしません。

 しばらくすると、イルカが何を思ったか水の中から頭をヒョイッと出しました。
 その瞬間、まさにその瞬間、
 "ピー!!"
 調教師は笛を吹き、腰にかけている袋から小魚を手にとり、それをイルカにあげるんです。
 イルカはそれを食べるのですが、またしばらく泳ぎます。
 何もせずただ泳ぐだけ。
 そしてある瞬間、何を思ったのか、また水の中から頭ヒョイッと出しました。
 "ピー!!"
 調教師はまた笛を吹き、小魚をイルカに与えます。
 その後もイルカが顔を出すたびに笛を吹き、魚をあげました。

 次の日。
 またイルカは泳いでいます。
 次にイルカは、昨日と同じように水から頭を出しました。ヒョイッと。
 …
 …、
 ところが調教師は昨日と違ってイルカを無視します。
 イルカががんばってヒョイッと頭を出すのですが、何度やっても調教師からの反応はありません。
 そうするとイルカもだんだん不満になります。
 不満になったある瞬間、尾をジタバタさせました。水面バシャバシャ。
 その瞬間、まさにその瞬間。
 "ピー!!"
 調教師はすぐに笛を吹き、腰の袋から小魚をとり、イルカに与えます。
 そしてまたイルカは泳ぎます。
 そしてまた尾をジタバタさせた時。
 "ピー!!"
 また調教師は笛を吹き、小魚を与えました。
 以降、イルカが同じ動作をした時にだけ笛を吹き、小魚をあげるんです。

 また次の日。
 今度もまたイルカは泳いでいるだけ。
 そしてまたあるとき、尾をジタバタさせて水をバシャバシャさせます。
 ところが、また調教師は反応しません。
 笛も小魚もないのです。
 イルカは「あれ?おかしいな」と思って、何度もバシャバシャするのですが、調教師は何も答えてくれません。
 そうするとだんだんイルカはイライラしてきます。
 イライラが絶頂になったとき、ついにイルカはそのイライラを爆発させるかのように大きく宙返りしました。
 その瞬間、まさにその瞬間。
 "ピー!!"
 調教師は激しく笛を吹き、イルカに小魚を与えます。
 その後もイルカが宙返りした瞬間に "ピー!!"と大きく笛を吹き、イルカに小魚を与えるのです。


 この話のポイントは何かというと、大きく2つだと僕は思います。
 1つは、イルカに一切バツを与えていないということです。
 イルカが芸をしなかったとしても、腐った魚を与えるわけでもないし、ムチで叩かれるわけでもありません。
 ただ調教師は「何もしない」だけ、なんですね。

 そしてもう1つのポイント。
 笛を吹く時には必ず魚を与えるということ。
 同じことで逆の言い方ですると、魚を与える時には笛も吹いているということです。
 たとえば人間でいえば、笛というのは"Goodjob!"「よくやったね」っていう声掛けのようなもの。
 そして魚というのは、ご褒美、報酬だと思います。
 ご褒美というのは、人間の場合、ものかもしれないし笑顔とか周囲への貢献度、影響力かもしれません。

 笛は吹くけど魚を与えなければ、その声掛けは相手に伝わっていないかも。
 魚を与えても笛がなければ、「どうしてほめられたの?」ってなるかも。
 ということですね。

 たとえば字がとても綺麗にかけたら。
 それ自体を「すごいすごい!」ってほめることに加えて、そうやって綺麗な字が書けたことがどんなにお母さんを喜ばせるのかを伝えたり、あなた自身にとってどれだけ役に立つことなのかってことを同時に伝えてあげることが大切なんだろうな。
 もちろんイルカと人間は違うのですが、学べる部分は大いにあると思いました。

この記事をtwitterでつぶやく

 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。