2013年02月16日

やらせない勉強って?

 先日、用があったので自転車で東大阪市の八戸ノ里駅の前を通りました。
 駅前にはスーパーのSEIYUがあって、ふとあることを思い出したんです。

 高校生の頃。
 何か用があってこのSEIYUへ行ったとき、そこで「竜馬がゆく」の作者、司馬遼太郎さんが奥様と一緒に買物?散歩?をされていました。
 ああ、あの有名な作家先生だって感激したのを覚えています。

 そこからまたあることを思い出しました。

 中学の時に、司馬遼太郎さんは英語がとても苦手だったとか。
 その理由というのが面白くて、英語の時間に
「せんせい、ニューヨークってどういう意味ですか?」
 と質問したところ、
「つまらない質問をするな!」と怒られたからそうです。

 あはは(笑)

 先生としては、「ニューヨークはニューヨークだ」ということなんでしょうね。
 都市なんだから訳す必要がないと。
 一方、司馬遼太郎さんはというと、
「NewYorkはNew(新しい)とYork…、ではどうしてYorkにNewがつくんだ?」
 ということだったのかもしれません。

 確かに英語の科目に必要なことではないのかな。
 ここでは、先生と生徒の間でそれぞれ思い描いていた「ニューヨークの意味」というものにズレがあったんですね。

 それよりも問題だったのは、この先生の言葉によって司馬遼太郎先生は英語が嫌いになった、ということ。
 それはとても残念なことだと僕は思います。

 さて、
 勉強って「強いて勉める」。
 つまり時々は嫌なことであっても「強いて」、「勉め」なければいけない。
 でも僕はそれを強いるのは、本人自身であって他人ではないと考えています。 
 人は自分から進んで動いた行動しか身につきません。
「やりなさい」といってやらせるのは、自分のためにならないから、出来る限り言いたくないんです。
 自分から進んでやろうという気持ちにさせるためのことなら僕はずっと実践してきていますが、そうではない「やらせる」だけのことなら、しません。

 やらせるのではなくて、子どもたちが自分からやるようになること。
 そのためには興味とか関心とか、そういうものが最初だと思います。
 その興味とか関心というのは、残念ながら必ずしも学校の成績や偏差値アップにつながらないことかもしれません。
 だけど成績とか偏差値って、人を測るためのいろいろある物差しの中のほんの一つすぎない。
 けど塾をやっているとその物差しを大切にもします。
 だからこそ、時々ふっと飛び出してくる子どもたちからの質問とか言葉とかに耳を傾けていこうと思います。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2013年02月03日

もうすぐ受験  出会い。

 大阪府の高校受験。
 いよいよ私立入試が次の土曜日にあります。
 今はみんな直前の勉強に一生懸命です。

 専願受験の子もいます。
 その子にとって、受ける学校は本命です。
 それぞれの思いがあって、その学校に行きたい!っていう強い気持ちがあるんでしょうね。

 出会いこそ人生だと僕は考えています。

 小学校の時に、文章を書くのが上手だと褒めて下さった先生がいました。
 中学の思い出は、お互いの相談をコッソリ打ち明け合えた友達です。
 高校では、「君は一体何がしたいわけ?」って言ってきた女子の先輩がいてドキッとしました。
 浪人中も大学生だった頃も、そのあと勤めた場所でも、今の人生につながるための節目節目には、かならず大切な人との出会いがありました。

 出会いこそ人生だと僕は考えています。

 出会いというと、みんなは彼氏彼女あるいは好きな人との出会いを思い浮かべるかもしれません。
 でも、出会いというのは嫌な人との出会いもあります。
 ただ、その嫌な人というのも、みんなにとって大切な出会いです。
 もしかしたら誰かの言葉にひどく傷つくことがあるかもしれません。
 人を傷つけるようなことを言うことは確かにどうかと思います。
 それはそれとして、その人の言葉によって何か自分自身のことを考えるきっかけになったと、後で振り返ってみて思うことはもしかしたらあるかもしれません。

 出会いこそ人生だと僕は考えています。

 なんとなく入れそうな学校を選んだり、周りに流されて進路のことを考えたりしてしまう子。
 そうではなくて、
 自分がやりたいことだったり、その学校で出来ること出来ないこと、良い所良くない所、そういうことをいっぱい考える子。
 何が違うかっていうと、僕は、その後の出会いが違うと思います。
 たとえば自分のやりたいことを必死に考えて進路に悩める子は、やっぱり同じようにそのことを必死に考えて悩んできた子に出会うことができます。
 運命的な出会い、と人はいうのかもしれませんが、実はそれは努力が実った出会いです。

 だから出会いこそ人生だと僕は思います。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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