2014年03月17日

存在そのものはしっかり認める

 学習指導者として僕も気をつけないとって思うことがあります。
「え?○○クン、こんな問題もわからんの??」
 例えば数学のある計算問題を解けないこと対して僕は注意したつもりでも、言われた当人がどう受けとったのか。
 受けとった当人は、自分はこんな『駄目なヤツ』『愚かな人間』と言われた気になるかもしれません。

 関西人なら「あんた、アホちゃう?!」と言われたら、それは嬉しい言葉だと受けとることが多いけど(笑)、「おまえ、あかんわ」と言われたときに、言われた本人は人格否定された感じを受けるかもしれません。

 部屋を散らかしっぱなしにしたり、友達に怪我をさせたり、って、子供が悪いことをしたら、親はその子の行為を叱ります。
 でもそのとき、「いつも悪い子!」「何回言ってもわからない子!」「あんた、おかしいんちゃう?!」と、その行為を抽象化して、行為ではなく存在を否定したり批難したり、してしまいそうなとき、ありません?
 こちらがそうしているかとどうかよりも、相手が何を受けとってるか、の方が大切ですね。

 逆に、褒めるときに限って、行為そのものを褒めているかもしれません。
「合格できた!入賞できた!すごいね!」
「お母さんを待ってる間、ずっと静かにしていたね、できるじゃん!」
「ご飯の後片付けを手伝ってくれて、良い子良い子!」

 もちろんそれも良いんだけれど、「○○出来て、良い子良い子」だけだと、その子はそれが出来なきゃ良い子じゃないと思って頑張りすぎちゃうかもしれないし、他人の評価で生きて、そこからしか自己肯定感を持てなくなるかもしれないです。

 友達に怪我をさせてしまっても、ご飯の後片付けをもしもしなかったとしても、あなたの存在そのものは素晴らしい、愛しています。
 そういうメッセージは相手に伝わってナンボ。
 存在そのものはしっかりと認めてあげたいですね。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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