2014年07月04日

子供時代を無駄にしない【夏休み 理科実験・工作教室】のご案内

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 いつもお世話になっています。
 島です。

 ☆夏休み、子どもたちへの企画☆
 参加者 募集します!
 小学1年生〜中学1年生(ぐらいまで♪)

【夏休み 理科実験・工作教室】
〜自由研究にも使えるョ〜

空気・水・音を使った、3つの理科実験です。

1.7月28日(月)「空気砲を作ろう」
2.8月11日(月)「ポンポン船を作ろう」
3.8月20日(水)「ギターを作ろう」
時間はすべてAM10:00〜12:00

1回のみ2回のみのご参加もOKです。
子供時代を無駄にしない。ワクワクやドキドキをたくさん体験しよう。そしていっぱいいっぱい笑おう!
講師は僕が務めます。

1回ご参加につき各2,000円
3回セットでのご参加の場合 計4,500円
※材料の準備の都合上、授業日の1週間前までにお申込み願います。
お申込み後のキャンセルはできません。

場所: 大阪府八尾市 向進個別指導学院
大阪府八尾市高美町1−3−1

お問い合わせやお申込みはメッセージにてお受けいたしております。
または、直接お電話にてご連絡の場合は072-923-8954にてお願い致します。

とっても楽しい夏休みにしましょう☆

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2014年07月03日

椅子をカタカタ、身体をフラフラ、集中力のない子供

久しぶりの投稿となります。
塾長の島幸樹です。

先日、パソコンの電源を入れたあと、起動するまでの時間が変に長くて、おかしいなって思いました。
ウィルスが入ったのかな、最後に電源を切ったときの切り方をまちがったのかな、そろそろ容量オーバーなのかな。
いろんなことを考えます。
部屋のクーラーが全然効いていないときも同じです。
ホコリが詰まってるのかな、とか、もう古くて故障してるのかな、とか。

どこが悪いんだろう、何がおかしいんだろうって考えることを「原因論」っていいます。
原因論は、不具合の部分を探して、みつかればそれを取り替えるなり治すなりするので、結果としてパソコンもクーラーも改善します。

授業中、落ち着きのない子供。
これはどうでしょう。
椅子を常にカタカタさせてる、身体を常にフラフラしてるし、たまに立ち上がったり、たまに歩きだしたり。

原因論で考える必要ももちろんあるかもしれません。
だから、今から書くことは、いろいろあるケースのひとつの話です。

椅子をカタカタさせるお子さんを見て、ある担任の先生はゆっくりと子供の後ろに周り、両肩を優しく、つかみました。
そしてそのまま肩から腕にかけて静かに何度か撫でてあげました。
そうすると、その子は肩から腕、そして全身に、なにか温かいものを感じ、心がとても気持ちが良くなりました。

その子はそれで、少なくともしばらくの間は、落ち着いて漢字を書いたり、本を読んだりに集中するようになったんです。

何のために、何を求めてそういうことをしているのかを考えることを「目的論」といいます。
すべては正しい方向に動いているといえば宇宙論的かもしれませんが、心理学的にいうと、物事にはすべて肯定的な意図があります。
原因論ももちろん大切なのですが、原因論には悪者探しをする癖があります。
椅子をカタカタさせる行為は誰のせいなのか。その子の性格の問題?何かの障がい?
それを考えるべきときもあるとは思います。
だけど、もうひとつ目的論で考えます。
その子は何のために、何を求めてそうしてるんだろう。

肩を優しくつかんでもらえて静かに撫でてもらって温かいものを全身に受け取るためには、彼は椅子をカタカタさせるしかなかったのかもしれません。
その子がそうしていることには、何かその子なりに、何か目的があります。
これが目的論です。

今日はここまで^ ^
ありがとうございました。

当塾では、学習塾以外に、心の相談室「ひなた」も開設しています。
塾生以外の方のご相談ももちろんお聞きいたします。


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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2014年04月21日

言葉と絆と感情とスマホ

 いつもありがとうございます。
 塾長の島です。


 今となっては昔の話だけれど。
 僕がまだ子供の頃。
 小学校とか中学とか。

 友だちに何か言いたいことがあるんだけど、うまく言えないってこと、たくさんありました。
 心の中でモヤモヤしてる気持ちとか。
 相手が言ってることと自分の思っていることが少しだけちがっていて、でも、その少しのちがいがうまく言葉にならなくて。
 それでもどかしくなったり、不機嫌になったり。
 そしたら、それで向こうも嫌な気分になって、それがきっかけでちょっと2人(とかグループ)の関係がおかしくなって。

 ってこと。
 こんなことは子供でなくても大人でも、普通の人間関係の中でよくあることでした。

 こういうとき、うまく言えない言葉でも、書き言葉にすればうまく伝えられることを僕は何度も経験しました。
 詩のような文章だったり、手紙のような文章だったり。
 書き言葉って素敵だと思います。
 口に出して言えないような言葉でも、落ち着いて書くからなのか、自分自身を客観視できるからなのか。
 その方が相手にうまく表現できることがあって、僕は書き言葉は好きです。

 だけど、言うことが言えなくて、うまく伝わらなかったあの頃も大切な時期でした。
 うまく伝わらないけど、相手にも相手の感情があって、そこでお互いにギクシャクするんだけど、やっぱりそこから相手のことを理解するようになったり。
 そんな過程自体が、お互いの絆を強くする、人間どうしの関係なんだろうなって思います。
 そうやって、人と人のつながりっていうのを学んできました。

 ポケベルが出たり、Windowsが出たりして、今までより書き言葉で気持ちとか自分自身のことを伝えられる機会が増えました。
 そして、ブログがでて、プロフがでて、ミクシーがでて、Twitterがでて、LINEがでて……。

 今、子どもたちはリアルな人間関係を学ぶ前に、スマホを使うことができるから、LINEのタイムライン、あるいはグループの中で経験する人間関係の方がむしろリアルな関係になっているようにも僕には感じられます。

 良い面ももちろんたくさんあるけれど、このことで疲れている子どもたち本人や、お母さんたちもいるようです。

 先日、ご相談をお伺いした方からもそんな話をしたばかりなのでした。
 なかなか課題の多い問題ですね^^

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2014年04月17日

自分らしく正直になれたら

 いつもありがとうございます。
 塾長の島です。

 ある小学生の子供が学校に行きたがらなくて、親も先生も周りの大人の人たちもみんな困ったんです。
 いじめられてる様子もないし、クラスや担任に何か問題があるようでもないし。
 みんなこの子を良くしようと思うんですが、多くのカウンセリングや大人の人たちは、何をもって「良い」とするかというと、社会に適応しているかどうかなんです。

 社会に適応というのは、この子でいえば「ちゃんと学校に通えている状態」であったり、「学校の友達とうまく付き合えている状態」であったり。
 だけど、適応はしているに越したことはないかもしれないけど、必ずしもそうでないといけないわけでもないのかもしれない。
 こう生きなければいけないっていうものが、そもそももう存在していなくて、いろいろな正解が存在している。

「こう生きなければいけない」っていう観念は、誰かから植え付けられたものだからしんどいのであって、極めて個人的な「こう生きなければいけない」という観念に一致感を持っているのであれば、それで良いんだと思います。
 例えば「男は強くなければいけない」というのはみんながそう思って生きる必要はもちろんないんだけど、本当に心から素直に「男は強くなければいけない」と信じていて、一致感を持って生きている人がいるなら、その人はその人らしく生きているんだから、健康的なはずでしょう。
 もしその人が社会に適応できていなかったとしても、その人はきっと平和。
 誰かに教えられた正解を生きようとして、自分らしく生きられていないとき、人はつらい思いをするのかもしれません。

 みんな違ってみんな良いっていうけれど、みんなが周りの声ではなく、自分に正直でいられたら良いのになって思います。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2014年04月14日

生きることは選択すること

いつもありがとうございます。
島です。

「だるい」「おもんない」
子供たちだったらこういうことをよく言います。
でもそれは自分たちでそういう生き方を選択しているから。
楽しい生き方か、つまらない生き方か、はじめからそういう世界がそこにあるんじゃなくて、自分が何を選択しているか。
少しヒンヤリする朝に家にいるのも、薄いジャケットを着て外に出るのも自分の選択。
下を向いてご飯を食べるのも、誰かとしゃべったり、テレビ見て笑いながら食べるのも自分の選択。

子供じゃなくてもあるかもしれません。
「あの人のために私ここまでがんばってきたのに!!」
って、さっき駅のホームでそんな会話が聞こえました。
その人のためにがんばってきたことは自分の選択であって、その気があればそれ以外の選択をすることはできたはず。

「だるい」とか「おもんない」とかっていうのと同じように、「あなたのために私…のに!!」って考えるのも、その人のクセなんだと思う。考えグセ。
人生は楽しむためにあるっていう考えグセの人だっています。
まずは自分の考えグセに気付いたら、変わっていけるのかもしれないけど、そうするかどうかもまたその人次第。

Being is choosing
生きることは選択すること。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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