2014年01月13日

積もる雪のように

 いつもありがとうございます。
 塾長の島です。

 大阪では雪が積もることはあまりありませんが、北海道や日本海側の地域ではもうけっこう雪が降っているようですね。

 雪は、積もった後よりも積もる前の方がたくさん降っているように感じます。
 最初に道路の温度をしっかりと冷やさないと、雪は積もることはできないんです。

 降っても降っても溶けては消えていくたくさんの雪は、何の意味もなく降っているのではありません。
 溶けてすぐになくなってしまうのですが、ちゃんと一粒一粒、自分たちの役割を果たしているんですね。
 冷たい風の中でたくさん降る雪たちは、道にこぼれて溶けて、道にこぼれてまた溶けて。
 そうやって少しずつ確実に道路の温度を冷やしています。
 十分に道路の温度が冷えたら、あとはそこから雪はどんどん積もっていくんです。

 それはまるで僕たちの普段の努力のようです。
 毎日英語の単語練習をしたり、社会の暗記モノを読んだり書いたり隠したり、数学の問題に悩んだり。
 間違ってはまたやり直したり。

 こんな1つ1つの努力。
 目に見える形で結果に結びつくまではけっこうな時間がかかります。

「やってもやっても頭が良くならない」
「成績が上がらない」。
 そんなこと言ってやめてしまう人がいるかもしれません。

 でもそこでやめてしまうから良くないんです。
 積もる前にしっかりと道路を冷やす雪のように、僕たちの日々の努力には必ず意味があります。

 決してあきらめず、がんばっていきましょうね。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2013年12月24日

夢かなkids☆冬合宿 レポート♪

いつもありがとうございます。
塾長の島です。

22日〜23日は、夢かなkids冬合宿に行ってきました。
これは塾長の、学習塾とは別の活動のひとつで、
<子供コーチ化プロジェクト>のひとつなんです。

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普段僕は、塾以外で大人向けの講座をしていて、そこでコーチングを体感してもらっています。
これをこのプロジェクトでは子供達にも知ってもらおうというわけです。
そうすることによって、子供達が例えば友達や家族の誰かに、コーチングを広げることごできます。

この合宿では子供たちは、自分たちの夢を実現させるためのワークをたくさんします。
自分たちの良い所探しや、自分の好きなことをたくさん書いて、それを木に見たてて絵を書くワーク。さらにそれらの発表。
今回は30人の小学生たちが参加してくれて、そのみんなの前で発表をし、そのみんなから質問を受けるということをしました。

さらに、
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英語を使って、将来の夢をスピーチするということもやりました。
My dream is to be a...
の後に自分たちのなりたい仕事を入れてみんなの前で発表します。
キャビンアテンダント、医者、科学者、陸上選手、司書、サッカー選手、漁師…など、みんなそれぞれ思い思いのことを発発表してくれました。

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泣かされたのは、子供からのサプライズ。
みんながいつのまにか、僕たち大人コーチに似顔絵を書いてくれました。
そして「ありがとうございました」と言われた時には涙が出ました。
そんなこと、やってくれるんですね。

そして、
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最後は修了書授与です。
みんなに二日間でやったことの発表をしてもらってから、1人ずつ修了書を渡します。
みんな、これで子供コーチです。
今度はみんなが、周りの人たちをリードしてコーチして引っ張っていってほしいです。
とても最高で価値のある二日間でした。
この子たちが10年後20年後に夢を叶えていることを思うと、また涙が出そうになります。
またすぐにやりたいと思いました。



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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2013年12月07日

真似をすることも大事

 小学校の時。

 ある時、
 僕は字がきれいに書きたくなりました。

 あの頃「小説家」になりたくて、400字詰め原稿用紙をお小遣いで買って、それに今じゃ小説とは言えないような小説を書いていたんですね。

 それって人に読んでもらうことが前提だったんです。
 だから誰に言われたでもなく、字がきれいになりたかったんです。

 そんなわけで、
 意識してきれいな字を書くようにしました。

 そんなある日のこと、 席替えをした日だったかな。

 隣の席の女の子の字を見て、

 「あ、きれいだなぁ〜」って思ったんです。
 (字の話ですよ)


 で、
 じろじろと見ていると、わかったんです。

 その子の字って、薄いんです。


 僕が書く字と比べても周りのみんなの字と比べても、どう見たって薄すぎるくらい薄いんです。
 それで僕はわかりました。

 「あ、そうか! 字を薄く書けばきれいな字になるんだ!」って。


 その時から僕は、鉛筆を持つ手から力を抜いて、
「もうワタクシ動けません。ヘロヘロでございます。。。」というくらいの筆圧で、うっすーい字を書いたんです。

 漢字のノートにも薄い薄い字ばかり書いていました。

 だけどまた気がついたんです。

 「え? これってホンマにきれいなのか?」

 そう気が付いて改めて自分のノートを見直したら、
 自分の字はただ薄いだけなんですね。
 確かにゴツゴツ感はないけど、きれいでも何でもない。

 それだけならまだいいんですが、
 そのうち調子に乗りすぎているものだから、もう何が書いてあるのかサッパリわからない箇所があります。
 そんなのって意味がないって思いました。

 字って何よ!?
 って改めて考えたんです。

 字って見せるためのものじゃないのか?
 って。

 ラブレターだって好きな子に読んでもらうものだし、テーブルの上に置いてある「冷蔵庫にヨーグルトを入れてます」っていうメモだって、相手が読むためにあるんじゃないのか?
 って。

 そう思ったら、
 その薄い字で書かれた原稿用紙も捨てたくなり、
 漢字ノートを見るのも嫌になりました。

 なんだかとてもかっこ悪かったんです。
 「薄い字がきれい」と思った自分がかっこわるかったんです。

 で、
 もう一度、隣の席の女の子(まあ、その時には既にまた違う席に変わっていたんですけどね)の字を見ると、確かにその子の字は薄いんですけど、それだけじゃないんです。


 マスからはみ出していないんです。

 ああ、
 「マスからはみ出さない字を書けば良いのか〜」って。。。

 そうやって僕はまた真似をしていたんですけどね。
 マスからはみ出さない字が書ければ、1字1字バランスが整ったわけですが、まあまあ・・・それは置いといて。。。

 とにかく、
 こうやっていつもいつも真似をする子でした。
 それ良いなって真似をして、
 真似をしたことに対して結局自分で「おかしい」って気がついたりする子でした。

 今そんな話を思い出しながら考えていたんですが、
 真似をすることって、けっこう大切だなって思います。

 真似をするって、
 やっぱり嫌なものは真似しないわけで、良いって思うことや思う人の真似をしますね。
 自分が持っていない部分を何かから誰かから真似して学ぶんです。

 でも、
 それがおかしいことだったら、どこかできっと「おかしい」ってことに自分で気がつくんです。


 薄い字が良いか悪いかは別として、
 その字は確かにその子の字。
 なのに、薄いっていうところだけを真似しても、そもそも僕の字には薄い字が合わなかったんです。
 だからちっともきれいに見えない。

 けど、
 真似したからこそ、
 それが自分でわかったんです。

 だから思います
 まずは人の真似をしたら良いんです。

 何でも真似をすれば良いって話でもないかもしれません。
 ただ、良いと思ったならまずは真似てみれば良い。

 そして自然に「これはおかしい」って思うところまでやってみればいい。
 ある時それに気がついた時、また違うふうにやってみればいい。

 そんなふうに僕は思っています。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2013年12月06日

部屋で過ごした一人っきりのクリスマス

 もうすぐクリスマスです。
 楽しいですね。
 街の雰囲気が今はもうクリスマスになっていて、サンタさんがいて、音楽が流れて、笑顔と賑やかさがあります。
 そんな街の雰囲気が僕は好きです。


 けれど、
 こんな楽しそうな人々の中を、
 人々の顔を見ようともせず、下を向いてサッサと家に帰っていた年がかつてありました。

 それが受験の年でした。


 塾帰り。
 どっかの家では外にツリーが飾ってあって、電飾がきれいでした。
 その輝きを見ながら、
 「激しく燃える・・・酸素っ!
 ポンと音を立てて燃える・・・水素っ!」なんてブツブツ言いながら、家に帰って最初に始める問題集を思い出したりしていました。


 塾では、
 「クリスマスに塾って・・・なんでなん?
 クリスマスにまで塾の先生に会うって…どうなん?」

 とか言っていたんだと思います。

 けど、『クリスマスなのに塾へ行くってことに違和感があるのと同じくらい、クリスマスだから塾へ行かないという理屈にも違和感があるだろう?』なんてわかったようなことを考えては、自分を納得させながら、勉強していました。

 受験生時代以外で学生時代のクリスマスに、そんなふうに街に背を向け人々に背を向けて過ごしたという経験は僕にはありません。
 それなりに人並みにクリスマスをしていました。
 楽しい思い出もあり、切ない思い出もあり、素敵な時を過ごしてきました。

 今ではこう思います。
 素敵な思い出がたくさんあったクリスマス。
 けど、
 受験生として、明るく賑やかな街の風景に背を向けて自分の「今やるべきこと」を考えながら受験勉強に熱を入れたあの頃だってもう素敵でかけがえのない二度とやってこない思い出なんです。
 そういうクリスマスがあってもいいでしょう?

「もう入試間近やん。今からやって成績って上がるん?」
 って考えてたって何もはじまりません。やるしかない。
「『出る順英熟語』もう1回見直す。今日中にこれ1冊見直す。覚えたつもりでいるだけでまた忘れてるやつとかあるはず。だから見直す。でも、数学もやる。だって図形苦手やもん。」

 こんなこと考えながら過ごすクリスマスなんて、多分長い人生そんなにないでしょう?
 だからそういうクリスマスがあってもいいでしょう?


 周りの雰囲気に合わせて生きていくことっていうのももちろん大切。

 でも、
 時に、
 KYであってもいいと思います。
 それはカッコ悪いことなんかじゃないと思います。

 時々は、
 周りの雰囲気に背を向けて、下を向いて、立ち去ってしまうような、
 一人になって、机に向かって、目をこすりながら、並び替え問題を解いていたって良いと思います。

 そういう日にやったことって、きっと結果につながります。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹

2013年12月05日

いけるいける!

 おはようございます。

 今日はどんな新しいことに挑戦しますか?

「ああ、無理だー」と感じながら机に向かうことをしてほしくないんですね。
「どうせ」とか「できるわけがない」とかっていうマイナスの言葉。
 脳は、こういうマイナスの言葉にとても敏感なんです。
 「どうせ」「無理」「できるわけがない」ということを頭に浮かべると脳はすぐにそれに対応しようとしてしまう。
 つまりその瞬間、脳は「どうせ無理なんだ。できるわけないんだ。じゃあココマデ!オシマイ!ストップ!」となって考えることもやることも何もかも全部やめてしまう。
 脳ってそういうものなんです。

 頑丈な杭につながれた象はいったん「僕はここから逃げることが出来ない」と感じたら、次からはその象自身よりもはるかに小さくて簡単に逃げられそうな杭に繋がれた時でももう逃げ出そうとしないそうです。

 これを「メンタルブロック」といいます。
 やろうと思えば出来ることも、やってみればメチャメチャ面白いものも、これによって全部無駄にしてしまう・・・かもしれません。
 けど、やっぱり面白いことや達成感を味わえることって経験してほしいです。

 だから勉強はわかりやすく、はじめっから難しいなんていうことなく、はじめに跳ぶハードルを低くするというのは大事なことだと思います。
 「わかる、わかる、できる、できる」を実感しながら勉強してほしいです。

 みんなは家で勉強する時だってそうですが、「どうせ」「無理」「できるわけがない」と思わず、「よし」「やってみよう」「がんばるぞ」っていう気持ちで勉強してくださいね^^

 だけどやっぱりわからない無理だと思った問題があれば、質問して下さい。

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 ◆最後まで読んでくださってありがとうございます。
 学習塾KO-SHIN塾長 島幸樹
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